科学本の言葉–33–(井ノ口馨の言葉)
「閃きが生まれるのは、ふだんから考えているからだと思います。ある問題について一週間とか一ヶ月とか集中して考えるけれども、なかなか解決策が見つからない。それで、一旦あきらめるわけですが、しばらく経ったある時にパッと閃くのです。
私の場合は、リラックスしている時に閃くことが多いですが、おそらく意識に上ってこないだけで、脳内では他の情報と連合したり照らし合わせたりして、ずっと考え続けているのではないか。」――井ノ口馨
上記の言葉が記されているのは、『記憶をコントロールする 分子脳科学の挑戦』。この本は、記憶研究の歴史を概観しながら、また著者の自伝的な語りを織り交ぜながら、現代の脳科学がどこまで記憶のしくみに迫っているのかを伝えている一冊。
著者らは、「神経新生が海馬での記憶の消去に関与している」という仮説を立て、そして実証した。
この研究について紹介したあとで、なぜ大人の脳の神経新生の研究を手がけたのかについて語っている。それは偶然だったという。
神経新生の研究をしていた大隅典子が、共同研究を持ちかけてきたそうだ。著者は、記憶のしくみを解明する研究とは「まったく別の研究と割り切って」共同研究を進めていたのだが、あるとき「閃いた」という。
その閃きがきっかけになって、「神経新生が海馬での記憶の消去に関与している」という仮説を立て、実証することができた。
このような話の流れで、「独創的なアイデアはどういう時に閃くのか」について語っている。
「閃きが生まれるのは、ふだんから考えているからだと思います。」
考えても解決策が見つからず、一旦あきらめる。だが、しばらく経ってから閃く。それは無意識的に考え続けているからかもしれないというのだから、おもしろい。もう一度引用したい。
「おそらく意識に上ってこないだけで、脳内では他の情報と連合したり照らし合わせたりして、ずっと考え続けているのではないか。」
無意識的だが脳内では考え続けている。このような発言をどう思うだろうか。
〝そうかもしれない。答えが出なくても一ヶ月くらい集中して考え続けることにしよう〟と思うだろうか?
それとも、〝ありえない。何を言っているんだろう〟と思うだろうか?
無意識的だが考え続けている。このようなことが、あるのかないのか。本書『記憶をコントロールする』は、そういうことを語った本ではない。(この話題は「脱線」部分)。そういう本ではないが、本書を通して「シナプス」に関するさまざまな知見を得ると、無意識的だが脳内では考え続けている、ということについても、うまくイメージできるのではないだろうか。
この本を読んで、〝そうかもしれない〟と思うか、〝ありえない〟と思うか、自分がどう思うのかを確かめてみるのもおもしろいのではないだろうか。
- 著 者:
- 井ノ口馨
- 出版社:
- 岩波書店