快感の脳科学に興味のある方におすすめの本
- 著 者:
- デイヴィッド・J・リンデン
- 出版社:
- 河出書房新社
〝脳科学の見地から、快感および依存症について考えてみたい〟 このような要望に応えてくれる一冊が、本書『快感回路』。分子レベルの解説を交えた本格的な解説書(一般向けレベル)でありながら、勉強的な雰囲気はなく、おもしろく読み進めることができる本だ。
はじまりは、ミルナーとオールズの有名な実験。快感回路に電極を埋め込まれ、快感回路を自ら刺激できる「ボタン」を与えられたラットが、その「快感ボタン」を夢中になって押し続けた、という実験が紹介される。
そこから、「現在の倫理委員会ならば絶対に承認しないような」ロバート・ガルブレイス・ヒースの実験などが紹介される。埋め込まれた電極によって、人間の快感回路が刺激された。
このような興味をそそられる実験の話題からはじめて、快感回路の科学的説明へと展開し、さらに「原初的な快感(報酬)回路は、進化のごく早い段階で見られる」ことなどが述べられていく。これが大まかな第1章の流れ。
第2章は、薬物依存症の話題。ここでは、「向精神薬の働きを生物学的に見ていく前に、歴史上のさまざまな文化が薬物をどのように用いてきたか」を語る。
たとえば、紀元170年のローマ。「後に五賢帝の最後の一人に数えられるようになるマルクス・アウレリウス・アントニヌス」が「折り紙付きのアヘン常用者だった」こと、また、19世紀のアイルランドに広まった「エーテル飲用習慣」のこと、さらに、1932年のペルーで「アヤワスカという幻覚作用を持つ植物性の飲み物を与えられた」エミリオの話などが語られていく。そのような話題でまず読者を引き込み、そこから薬物依存について詳細に述べていく、という展開だ。
そして、食欲、恋愛と性行動、ギャンブル依存、ランナーズハイ、慈善行為などについて論じていく。
いま、性行動やギャンブル依存と慈善行為の文字が一緒に並んでいることに違和感を覚えた人もいるかもしれない。著者のつぎの言葉を紹介しよう。
「これはきわめて重要な点だが、慈善活動をしたり、税金を納めたり、未来の出来事について情報を得たりといった行動はみな、ヘロインやオーガズムや脂肪たっぷりの食品に喜ぶ快感回路と同じ神経回路を活性化することが、脳の画像研究からわかっているのだ」
おもしろいことに(おそろしいことにとも言えるが)、人間はさまざまなものを快感にできる能力を持っているようだ。
人間は、抽象的な観念から快感を得ることもできる。このような人間の能力を、神経学者のリード・モンタギューは、「スーパーパワー」と呼んでいるという。
最後に、著者の「プロローグ」の言葉を紹介したい。
「脳の快感回路について、分子レベルの話や基本的な脳の構造について一切触れずに解説本を一冊書くこともできるだろう。しかし、そんな、赤ん坊にスプーンで食事を与えるようなやり方では、いちばん面白くていちばん大切な部分を省かなくてはいけなくなる。本書は、そのような簡略な本ではない。基礎的な神経科学について少しばかりご一緒に頑張って学んでいただくことになる。しかし読者にそうしていただけるなら、そこから楽しく愉快に、人間の快感と非日常体験と依存症について細胞や分子のレベルで探究していけるよう、私も頑張って精一杯書いていこうと思う」
読み進めるのは大変かもしれないが、何度も読み返したくなる本だ。