すごい宇宙講義
書籍情報
- 著 者:
- 多田将
- 出版社:
- イースト・プレス
- 出版年:
- 2013年6月
- 著 者:
- 多田将
- 出版社:
- 中央公論新社
- 出版年:
- 2020年10月
〝聞かせる〟宇宙講義。笑いを交えたユニークな語り口のなかに、著者の科学への真剣さが垣間見える
この本は、類書とは明らかに異なる独特の雰囲気をもっている。たとえば、解説のなかで、ときおりアニメの話が登場する。
宇宙の始まりの頃に「相転移」が起きて「力」が分岐したという話題のところでは、『魔法少女まどか☆マギカ』という作品の話が登場する。この作品には、「相転移」と「潜熱」が出てくるそうだ。
本書では、もちろん、「相転移」と「潜熱」を説明している。
潜熱の説明は、こうだ。「「潜熱」とは何かというと、相転移の際に放出されるエネルギーのことです。たとえば水が相転移するとき、水蒸気が水に変わるときには、大量のエネルギーを放出するんですよ。あるいは逆に、水から水蒸気に変わる瞬間、その沸騰する瞬間だけは、莫大なエネルギーを注ぎ込まないと沸騰しないんです。そのときのエネルギーが「潜熱」というものなんですけれども、そのエネルギーが、この2回目の相転移が起こることで、放出されたんじゃないかということなんですね」
引用した文章は、「2回目の相転移」の話の途中に出てくる。そして、この「2回目の相転移」についての説明が終わった後に、『魔法少女まどか☆マギカ』の話が登場。著者は、この作品のストーリーを簡単に紹介した後に、つぎのように述べている。
「最終話では、主人公の、その他の魔法少女とは比べものにならない膨大なエネルギーが、世界を創り変えることになるのですが、相転移の際に解放された潜熱によって宇宙が作られる物語は、まさにここでお話ししてきたことそのものですよね。本当によく出来たストーリーだと思いました」
また、「使徒である確率は、シックス・ナイン」という見出しのところでは、『ヱヴァンゲリヲン』の話を交えて、物理学の世界で「発見」と言える確率99.9999%について述べている。
加速器「LHC」の話題では、怪獣ゼットンがウルトラマンを倒したときの炎の温度、について語る。
もちろん、アニメの話が出てくることだけが、本書の特徴ではない。例えも巧みだし、解説もわかりやすい。
たとえば、ビッグバン理論では説明できない問題の一つ、「地平線問題」の解説では、「お風呂の例え」を用いているのだが、この例えは、地平線問題がどのようなものか、とてもイメージしやすい。
ビッグバン理論では説明できない問題には、上記のほか、「平坦性問題」と「モノポール問題」がある。この「モノポール問題」の説明は、とても丁寧でやさしい解説だ。
本書は、「ブラックホール」「ビッグバン」「暗黒物質」「そして宇宙は創られた」の4つの章からなる。「東京カルチャーカルチャー」で著者が行った全4回の連続講演を元につくられたもの。
各章の終りでは、「今日のまとめ」を一言で述べる。だが、じつは「まとめ」ではない。最初の3つの章は、たとえば、「みんな、過去ばっかり振り返ってないで、今を精一杯生きようぜ!」(最後に顔文字)というような一言。しかし最終章では、一言はなく、科学に関して真剣に語っている。3つの章がジョーク的な雰囲気で放たれる一言であるぶん、最終章の語りが読者の目を引く。印象に残る結びだった。
長めのコラムがあるので、そのタイトルのみを紹介したい。
columnⅠ「定量的に考える――マイクロソフト社の入社試験と、放射線と電力の問題」(P125〜137)
columnⅡ「星までの距離の測り方――その星は、地球からどれくらい遠くにあるのか?」(P219〜234)
columnⅢ「素粒子物理学で考える暗黒物質の姿」(P299〜325)
ひとこと
この本は、(笑)という記述がたくさん出てくるユニークな語り口で、気楽な読み物という雰囲気になっている。イラストもその文章にぴったりと合っている。そのような雰囲気のなかに、著者の科学への真剣さが、一本の芯のように通っている。そこが、この本の魅力だと思う。
私は、最終章が面白かった。第一章はブラックホールと相対性理論の話なので、最初はちょっと戸惑う感じもあるかもしれない。
著者の専門は、素粒子物理学。本書は素粒子の話もあるので、ジャンルは「宇宙科学」「物理」とした。
私は単行本を読んでレビューを書いている。リンク先は文庫版に変更した。