物理学者のすごい思考法
書籍情報
- 著 者:
- 橋本幸士
- 出版社:
- 集英社インターナショナル
- 出版年:
- 2021年2月
理論物理学者の日常を垣間見ることができる、さまざまな物理学の知識や考え方に触れられる、読ませるエッセイ集
著者の橋本幸士は、超ひも理論・素粒子論を専門とする理論物理学者。本書は、『小説すばる』の連載エッセイ「異次元の視点」をもとに作られており、理論物理学者の日常や物理学を選んだ経緯など、多彩な読ませるエッセイを収録している。
お笑い的なオチのあるエッセイと余韻のあるエッセイがあり、読書を楽しみつつ、その中で物理学のさまざまな知識や考え方に触れることができる。
エッセイに登場した物理学の知識をコラム形式で解説したものもある
たとえば、『経路積分と徒歩通勤』というエッセイがある。この話は、通勤途中に「異常現象」を発見したという話から始まる。
まず冒頭で、「超伝導」について、「普通は電流を流そうとすると抵抗があるが、「超伝導」物質には抵抗がなく、電流がスルスルと流れる」と説明。そして、そういう「異常」が好きだと語る。
その後で、「異常現象」の発見を以下のように綴る。
「……研究者っぽい風貌の大量の人が、ある駅前ビルにみな吸い込まれていく。そのビルにそんなたくさんの人は入りきらないだろうというほどの数である。……」。そして人の流れを電流になぞらえ、「和光市駅前に超伝導ビルが建っている」と述べて、話をつぎのように展開する。
「僕は数日間観察を続け、この異常現象のウラには、物理学でいう「経路積分」が潜んでいることを知って、さらに興奮してしまった。……」
ここから本題に入り、通勤経路のたとえを交えて経路積分について説明。そして最後に「異常現象」の理由が明かされる、という構成だ。エッセイが終わった後には、コラム形式で、経路積分についてさらに解説している。
コラムによると、経路積分は大学院での理論物理学で学ぶことが多いようだ。そのような難解な専門用語を、まずエッセイとして、さらにコラムとして、一般読者向けにわかりやすく説明している。このように、難解なものに気楽に接することができるところも、本書の魅力の一つだと思う。
なお、本書のコラムは4つ。
どんなエッセイがあるのか
『ギョーザの定理』は、子供たちとギョーザを手作りする話。終わりが見えてきた頃、ギョーザの皮とタネがぴったりでないことに気づいた著者は、どちらも余らせることなく作り終えるためにギョーザの定理を書き下ろすのだが、結果は……。
『「肉」の文字の美』は、漢字の左右対称と重力の話。家族で焼肉屋に行った著者は、「肉」の文字を見て、考察をはじめ、こんなふうにつぶやいた。「そうか、重力のせいで漢字は左右対称なんだな」。家族にスルーされつつ、予想を立て検証を行っていく。
『数学は数学ではなかった』は、高校生の頃、高校数学が好きだった著者が、大学生になって自分がやりたいことは物理だと思うようになったエピソードを紹介している。「誤解を恐れずに言えば、僕の経験では、高校の科目と大学の専攻は少しずつずれている」という。
『黒板の宇宙』は、描いていた夢の話など、想いが込められたエッセイ。理論物理学者である著者がどのように研究を行っているかの一端が垣間見える。
『孤独からの世界』は、科学論文を切り口に、「世界とつながっている感覚」について綴る。
『雲』は、「自分は単なる物質なのだろうか」という問い、物質の不思議をテーマにしたエッセイ。
『研究という名の麻薬』は、最終講義をテーマにしたもの。自身の最終講義について考えると「とても嫌な気持ちがする」というところから、「楽しみになってきた」へと変化していく、その心境が綴られている。
ごく一部を簡単に紹介したが、多彩なエッセイがある。
感想・ひとこと
おもしろい物理学エッセイ、という読後感をもった。家族が登場するオチのある話も楽しめるが、研究について語っているエッセイのほうにとくに興味を引かれた。
『経路積分と徒歩通勤』のような、難しい物理の話をわかりやすく伝えてくれるエッセイを今後もぜひ読みたい。物理学エッセイを出し続けてほしい著者。
なお、書籍情報下のキーワードは、超ひも理論・素粒子論を専門とする著者のエッセイ集なので、素粒子とした。素粒子論に関するコラムもある。