免疫の意味論
書籍情報
- 著 者:
- 多田富雄
- 出版社:
- 青土社
- 出版年:
- 1993年4月
ベストセラーとなった多田富雄の代表作
免疫学的な「自己」と「非自己」についての論考を軸とし、そこに免疫学に関する主要な話題を織り込んでいる。そして、個体の生命というその全体性に光を当てている。
「あとがき」によると、雑誌「現代思想」における連載(12回)を集めたもの。当時の「脳死」に関する議論が、著者の執筆動機になっているという。
身体的に「自己」を規定しているのは、免疫系か脳か
ニコル・ルドウァランと協同研究者の絹谷政江による実験の話から説き起こす。
「受精後三ないし四日のニワトリとウズラの卵を使って、発生途上の胚の神経管の一部を入れ替えてしまう」実験だ。
「神経管の一部、たとえば腕神経叢に相当する部分をウズラのものと入れ替えると、やがて孵化した白いニワトリには、外見上、黒いウズラの羽根が生えているように見える」。
このニワトリは、はじめは正常に成長するが、生後三週から二ヶ月もすると羽根が麻痺し、やがて全身の麻痺が進行し、衰弱して死んでしまう。これは、ニワトリの免疫系が、ウズラ由来の神経細胞を「非自己」として拒絶するからだ。
ルドウァランの研究は「もっと深刻な問題提起をする」という。「神経管の代わりに、ウズラの脳の原基である脳胞の一部を、ニワトリに移植する」という実験が行われた。
誕生すると、「ウズラの頭を持ったニワトリのように見える」。
「ウズラの脳が移植されたニワトリ」の行動様式は、鳴き方を解析すると、「ウズラ型に転換しているらしい」。しかし、生後十数日で死んでしまう。やはり、ニワトリの免疫系が、移植されたウズラの脳を拒絶するからだ。
この実験を紹介して、著者の多田富雄はつぎのような見解を示す。
「……ここではっきりしたことは、個体の行動様式、いわば精神的「自己」を支配している脳が、もうひとつの「自己」を規定する免疫系によって、いともやすやすと「非自己」として排除されてしまうことである。つまり、身体的に「自己」を規定しているのは免疫系であって、脳ではないのである。脳は免疫系を拒絶できないが、免疫系は脳を異物として拒絶したのである。」
このような導入から、移植の拒絶反応に関する免疫学の知見を紹介し、免疫学的に「自己」と「非自己」を規定しているものについて見ていく。そして、「脳死」についての考察へと展開する。
「超(スーパー)システム」の概念を論じる
免疫系の成り立ちを概観してから、超システムについてつぎのように述べている。
「私は、ここに見られるような、変容する「自己」に言及しながら自己組織化をしてゆくような動的システムを、超システムと呼びたいと思う。……」(ルビは省略)
超システムの例として、免疫系、受精卵からの個体の発生、脳神経系を挙げている。
そして超システムが機能するための条件(三つ)と、超システムの持つ「恐るべき脆さ」について述べている。
感想・ひとこと
長年にわたり読まれ続けてきた名著。「自己」とは何かを免疫学の観点から考えてみたい方におすすめしたい。