皮膚感覚と人間のこころ
書籍情報
- 著 者:
- 傳田光洋
- 出版社:
- 新潮社
- 出版年:
- 2013年1月
皮膚科学の観点から、人のこころ・意識・自己について考察し、また、皮膚の構造や皮膚の防御機能などを解説する
たとえば、著者はこんな見解を述べる。「皮膚感覚は身体感覚と共同して自己と他者を区別します。皮膚感覚は、私と環境、私と他者、私と世界を区別する役目を担っているのです。自己と他者を区別する皮膚感覚は、その役割のためでしょうが、意識と強く結びついています」
本書では、皮膚科学の観点から、人のこころ・意識・自己について考察している。この考察は、著者の長きにわたる皮膚の研究、および、さまざまな文献を渉猟したことによる豊かな見識に基づいて行なわれている。ときに著者の主張と関連する文学作品の言葉が織り込まれており、それが読み物としてのおもしろさにつながっている。
著者は「皮膚の進化」について概説し、「人間の皮膚はその祖先にくらべて、毛を失った分、特異な感覚を有するようになった可能性がある」という。「表皮には聴覚、視覚がある可能性」もあるというのだ。「例えばクラゲなどでは、圧力、温度、あるいは光を感じる装置が表皮に形成されている」という。
また、こんなふうにも述べている。「皮膚は紫外線に応答し(いわゆる日焼け)、赤外線に対しても応答します(暖かく感じる)。にもかかわらず皮膚が可視光にはまったく反応しない、とすれば、それはむしろ不自然といえるでしょう」と。
さまざまな皮膚科学の知見を紹介しながら、論を進めている。
著者は、皮膚の研究のなかでも、「とりわけ表皮のバリア機能の研究に携わってきた」そうだ。本書では、皮膚の構造や皮膚の防御機能についても解説している。最終章では、著者らの「数学を用いた手法」による研究の紹介もある。ほかに、「メイクアップすることの心理的効果」や、身体装飾について論じている。
「はじめに」のなかで著者は、高校時代の「未だに忘れられない問題」に思いを馳せる。その問題はつぎのようなものだったそうだ。
「生物は周囲から物質をとりこみ、それを放出してその形を保っている。琵琶湖は周囲の河川から水を取り込み、淀川にその水を放出してその形を保っている。琵琶湖は生物であるか否か、論ぜよ」
「さいごに」のなかで、著者はこの問題に解答する。本書の論考には、生命とは何か、という視点も含まれている。
ひとこと
皮膚科学のさまざまな知見を得られると同時に、こころ、意識、自己、生命にまつわる著者の「思索のあれこれ」を楽しめる。