美しき免疫の力ーー人体の動的ネットワークを解き明かす
書籍情報
- 著 者:
- ダニエル・M・デイヴィス
- 訳 者:
- 久保尚子
- 出版社:
- NHK出版
- 出版年:
- 2018年10月
免疫にまつわる探究をした数多の科学者の物語
本書では、自然免疫の発見、樹状細胞の発見、インターフェロンの発見、制御性T細胞の発見など、免疫にまつわるさまざまな発見の物語と、免疫の知見にもとづく新薬開発や、がん免疫療法の開発の物語を描いている。また、免疫活性の変動や免疫システムと他のシステムとのつながりを論じている。
樹状細胞を発見したラルフ・スタインマンの物語。「ノーベル賞受賞者で、受賞したことを本人が知らずにいるのは、今なおスタインマンだけである」
ラルフ・スタインマンは、顕微鏡で「新種の免疫細胞」を見つけ、樹状細胞(dendritic cell)と名付けた。そして、樹状細胞が体内で何をしているのかを解き明かす40年にわたる探究を始めた。
まずは樹状細胞を単離する必要があったが、その方法を見つけ出すまでに5年の歳月を要した。その手順の難易度は高く、しかも特別なノウハウを必要とした。すぐには競合する研究者は現れなかったが、その理由は手順の難易度だけではなかった。「多くの科学者は、樹状細胞のことを新種の細胞だとは思っていなかったのだ。」
国際的な学会で樹状細胞について話すと「罵声が飛んだ」という。「ほとんどの科学者は、スタインマンが単離した細胞はマクロファージであると考えた。」
このような状況から、スタインマンの研究チームがどのような実験をし、どのような発見をして、樹状細胞が新しい種類の免疫細胞であることをほとんどの科学者に納得させたのかを著者は説明する。
そして、樹状細胞の働きと、「人体はどのように免疫反応を慎重に発動するのか」を明らかにしていく。
スタインマンの物語はまだ終わらない。さらに、「樹状細胞ワクチンの可能性」についての物語を展開していく。ここでは、「樹状細胞をベースにしたワクチンが有効に働く可能性を示した」稲葉カヨの実験も紹介されている。
その実験について説明したあとで、こう記している。「つまり彼女は、体外で樹状細胞のスイッチを入れたあと、それを注射して体内に戻せば、免疫システムをいつでも発動できるようになることを見出したのだ。これは免疫反応を開始させる新たな方法であり、新しい種類のワクチンの開発につながる可能性があった。」
スタインマンは、がんで余命数ヶ月と宣告されたとき、「自分のがん治療に樹状細胞を使用しようと決心した」。このプロジェクトには、世界中から友人や同僚が集まったという。「スタインマンは全部で八つの実験的治療を試した。そのうちの三つが樹状細胞ベースのワクチンだった。」
最後に著者は、ノーベル賞受賞の話と樹状細胞ワクチンの「残された課題」について綴る。
日本人科学者たちの名前が多数登場
上述した稲葉カヨ、制御性T細胞を発見した坂口志文、PD-1受容体を発見した本庶佑など、日本人科学者の名前が多数登場する。とくに、制御性T細胞の発見を語る章では、坂口志文の貢献を軸に物語が展開されている。免疫学における日本人科学者の活躍も感じられる一冊。
感想・ひとこと
著者のダニエル・M・デイヴィスは読ませる物語を紡ぐ優れた書き手だと感じた。免疫学に関する本(ポピュラーサイエンス)を読んだあとに読むと、より物語に入り込めると思う。免疫学の専門用語にまったく触れたことのない読者は、読み進めるのがつらい箇所もあるかもしれない。