意識と脳ーー思考はいかにコード化されるか
書籍情報
- 著 者:
- スタニスラス・ドゥアンヌ
- 訳 者:
- 高橋洋
- 出版社:
- 紀伊國屋書店
- 出版年:
- 2015年9月
「過去二〇年間、認知科学、神経生理学、脳画像研究は、意識の解明に向けて堅実な実験を重ねてきた。その結果、意識の研究はもはや思索の域を脱し、その焦点は実験方法の問題へと移行してきた」(本書「序」より)
著者は、まず、「意識」という用語の「混乱を整理」する。「現代の意識の科学は、最低でも三つの概念を区別する」と述べ、つぎのように説明している。
「一つ目は覚醒状態(vigilance)で、眠っているときと目覚めているときで変化する覚醒の度合いを示す。二つ目は注意(attention)で、心的な資源を特定の情報に集中投下することを指す。三つ目はコンシャスアクセス[…略…]で、注意を向けられた情報のいくつかが、やがて気づかれ、他者に伝達可能になることを言う」。「それらのうち純粋な意識と見なせるのは、コンシャスアクセスである」という。
本書では、「コンシャスアクセス」(この用語は、著者の造語)に焦点を絞り、「自由意志、自己意識などの難題をひとまず棚上げ」する。著者は、「われわれの方針を明確にしておこう」と述べ、こう記している。「概して言えば、意識のもっとも単純な概念たるコンシャスアクセスに、すなわち「いかにして私たちは、一片の情報を意識し始めるのか?」という問いにまず焦点を絞り、自己や再帰的な意識に関するやっかいな問題はあとで検討すればよい。コンシャスアクセスに焦点を絞り、注意、目覚めた状態、覚醒状態、自己意識、メタ認知などの関連概念から注意深くそれを切り離すことは、現代の意識の科学に求められる第一の要件なのである」
「意識の科学を可能にする第二の要件は、意識の内容に影響を及ぼすさまざまな実験的操作だ」という。「実験のパラメーター値をわずかに変えるだけで、あるものを見えるようにも見えないようにもできる」と述べ、その実験方法を詳しく紹介している。著者らは、「種々の単純な実験によって意識的知覚と無意識的知覚の最小限の対比を作り出せるようになった」。「最小の対比に焦点を絞って脳の変化を観察することで、意識、無意識両方の作用に認められる余分な脳の働きを切り捨て、気づきを欠いたモードから気づきのモードへの移行を示す脳の事象に集中できる」という。
意識の神経学的基盤の解明のためのツールには、「磁気共鳴機能画像法(fMRI)」、「脳波記録(EEG)」、「脳磁図(MEG)」、さらに、(てんかん患者に対して「臨床的な常套手段として実施されている」)「脳の深部への電極の挿入」などがある。
著者は、こう述べる。「今や、被験者が見えなかったと報告する画像が、どの程度まで脳によって処理されているのかを調査できる。…略…、意識という表層の下では、膨大な量の無意識の処理が生じている。……略……。また、現代の脳画像技術は、無意識の刺激が脳内のどの部位にまで達し、正確にどこで止まるのかを調査する手段を与えてくれる。かくしてわれわれは、どのような神経活動のパターンが、意識の処理のみに結びついているのかを特定できる」と。
無意識の働きは、「強力」なようだ。「アンリ・ポアンカレは『科学と仮説』(一九〇二)で、緩慢な意識的思考に対する強力な無意識の処理の優位について述べ」たという。ポアンカレの言葉を引用したのちに、著者はつぎのように記している。「現代科学は、ポアンカレのこの問いに対して声高に「イエス」と答える。無意識の作用は、多くの点で意識の能力を凌駕する」と。「しかし、行きすぎは禁物である」と続ける。「意識は進化によって獲得された機能であり、有用だからこそ進化の過程を通じて形成された生物学的な特質なのだ。したがってそれは、認知において特定のニッチを占め、特化した並行システムたる無意識には手に負えない問題を解決できる」。このように述べて、意識の「機能的役割」を論じていく。
その考察のあとで、著者らが見出した「意識のしるし」について詳述する。著者らの研究室では、「脳のスキャンによって、被験者が意識的経験を報告した場合にのみ出現する脳の活動パターンを発見すべく、系統的な実験を行なっている」。そして、このパターンを「意識のしるし」と呼んでいる。本書では、四つの「意識のしるし」を、つぎのようにまとめている。
「意識される刺激は、頭頂葉、および前頭前野の神経回路の突然の点火に至る激しいニューロンの活動を引き起こす」、「コンシャスアクセスは、刺激が与えられてから三分の一秒が経過してから生じる、P3波と呼ばれる遅い脳波をともなう」、「意識の点火はさらに、高周波振動の遅れての突発を引き起こす」、「互いに遠く隔たった多数の皮質領域が、双方向の同期したメッセージ交換に参加し、広域的な脳のウェブを形成する」
本書の各章冒頭には、その章の要約が置かれている。第5章「意識を理論化する」の要約の書き出しは、こうだ。「われわれは、意識的な処理のしるしを発見した。しかしそれはいったい何を意味するのだろうか? なぜ生じるのか? 今や、主観的な内省と客観的な尺度との関係を説明する理論が必要だ。本章では、意識の理解をめぐるわが研究室の一五年にわたる努力の結晶、「グローバル・ニューロナル・ワークスペース」仮説を紹介する。この仮説の骨子は、「意識は脳全体の情報共有である」という実に単純なものだ。……略……」
著者らが発見した「意識のしるし」によって、意識の有無を判定することは可能だろうか? 「植物状態にある」と分類されている患者、乳児などの意識の有無を判定する実験について詳述している。
ほかに、「動物に意識はあるのか」などの話題がある。
ひとこと
この本には、さまざまな実験の話が登場する。本書のNDC分類は「141.2」だが、「脳/医学」に含めた。