SF脳とリアル脳ーーどこまで可能か、なぜ不可能なのか
書籍情報
- 著 者:
- 櫻井武
- 出版社:
- 講談社
- 出版年:
- 2024年12月
脳を題材にしたSF作品の実現可能性を考察するという切り口で、脳の特性を浮かび上がらせる
SF作品に登場するテーマとして、サイボーグ、電脳化、意識のコピー、人工冬眠やコールドスリープ(冷凍睡眠)、記憶の書き換え、時間旅行、脳の潜在能力、眠らないヒト、心をもつAI、を取り上げている。これらのテーマを切り口として、運動のメカニズム、視覚、冬眠、記憶、睡眠など脳にまつわる多彩な知見を伝え、また、意識、心、時間についての考察を行っている。SF作品の紹介もある。
主な内容について
第1章のテーマは「サイボーグ」。たとえば、四肢の機能を機械に代替させることが可能かどうかを、運動のメカニズムの解説を交えて考察している。サイボーグ技術は、医療分野で研究が進展している。
第2章では、「電子デバイスと脳を直接リンクする技術」について、脳へのインプットとアウトプットの観点から検討している。もちろん、その難易度は極めて高いが、仮に融合が実現したらヒトはどのような存在になるのか。そのような論考もなされる。
第3章は、意識のデータ化の話題。ここでは、「意識とはなにか」、「物理的な身体の必要性」などについて述べている。
第4章は、人工冬眠について。以下に詳しく紹介する。
第5章のテーマは「記憶の書き換え」。記憶といっても、陳述記憶(エピソード記憶、意味記憶)、非陳述記憶(手続き記憶、情動記憶)、ワーキング・メモリーがある。それぞれの記憶を説明し、記憶の形成について見ていき、「記憶の書き換え」の難易度を浮き彫りにする。
第6章では、物理学や神経科学の知見をもとに、「時間」について考察する。
第7章では、「人間はせいぜい脳の10%しか使っていない」という言説は「科学的にはありえない」、という指摘がなされる。
第8章では、「眠らないヒト」を作れるかという話題を切り口とし、睡眠の重要性について述べている。たとえば、睡眠の役割として「記憶の固定化」などが紹介されている。
第9章は、AIは心を持つかをテーマとし、心とは何か、AIとヒトとの違いは何かなどを考察している。
「人工冬眠」の話題では、著者らのチームによる興味深い研究が紹介される
SF作品によく登場するという「人工冬眠」と「コールドスリープ(冷凍睡眠)」。この二つは、分けて考える必要があるという。
コールドスリープ(冷凍睡眠)は、「人体を凍結させて機能を完全に止めてしまう」というようなものらしい。それに対して、人工冬眠は「動物にみられる冬眠を人体へ応用する」というもの。
では、動物の冬眠とはどのようなものか。ここでは、爬虫類などの変温動物の冬眠ではなく、哺乳類などの恒温動物の冬眠にフォーカスしている。
恒温動物は「体温を一定に保つために、高いエネルギーコストを支払っている」ことを述べてから、つぎのように記して、簡潔に「冬眠」とは何かを説明している。
「……みずから体温・代謝を低下させてエネルギー不足に対応するという戦略をとる哺乳類が、一部に存在する。この生理的な低代謝状態を「冬眠」とよんでいるのである。」
冬眠する哺乳類がいろいろ挙げられている。なかでも注目に値するのが、人類と同じ霊長目に属するフトオコビトキツネザルが冬眠するということ。
進化論的にみると、冬眠は「多くの哺乳類が潜在的にもっている能力」と考えられるようだ。
2020年に著者らの研究チームは、「マウスの視床下部の一部の小領域(前腹側脳室周囲核)に存在する、あるニューロン群を特異的に興奮させると、長期にわたり、持続的かつ安定な低体温・低代謝を惹起することを明らかにした」。これらのニューロン群を、「Qニューロン」(Quiescence-inducing neurons:休眠誘導神経)と名づけた。
もしヒトにおいても冬眠様の状態を誘導できるようになると、救急医療など医療分野において革命的な変革をもたらす可能性があるという。
冬眠様の状態をつくることは、火星への宇宙旅行においても有用だと考えられている。現在、NASAは、「強制冷却によって人体を冬眠様状態に誘導する研究」を行っているそうだ。この方法におけるリスクについても述べられる。
この章(第4章)では、脳の体温調節に関する知見に触れることができる。たとえば、つぎのような記述がある。
「恒温動物は、体温をほぼ一定に保つために、体温の「セットポイント」(設定温度)を定める機能を脳の視床下部にもっていると考えられている。」
冬眠における体温のセットポイントについて解説されている。
感想・ひとこと
電脳化などの難易度が極めて高いことが、私たちの脳が精巧かつ巧妙にできていることを浮き彫りにしている。