心の脳科学ーー「わたし」は脳から生まれる
書籍情報
- 著 者:
- 坂井克之
- 出版社:
- 中央公論新社
- 出版年:
- 2008年11月
脳画像研究の手法と実験結果を解説し、それに基づいて「心」を考察する
脳の活動により「わたし」という虚構が生まれる、というのが著者の見解。本書は、「心」について、現在の脳科学がどこまで迫れているのかを、脳画像研究の手法とその実験結果を解説しながら明らかにしていく。
とくに視覚の脳内メカニズムの解説に多くのページが割かれている。脳は、「どこに」や「何であるか」をどのように処理するのか。「網膜地図」や「物体分析の専門領域」について解説する。そして、「眼球間闘争」実験をいくつかとりあげて、脳領域の活動と、私たちの「見えた」という意識との関係を考察している。
「眼球間闘争」実験とは、「左右の目に別々の画像を提示する」実験で、「たとえば右目には人の顔の画像を、左目には建物の画像を提示」する。すると、顔か建物かの「どちらか一方だけが一定時間見え続け」、「意識に上る画像が自然に切り替わ」る。「物理的には顔の画像と建物の画像の双方が入力されている」ので、「脳が外界からの情報を受け取るだけの装置であるならば、脳の中には顔を反映した活動と、建物を反映した活動の双方が見られるはず」。「ところが、この眼球間闘争が起こっているときの脳活動を測定してみると、顔画像が被験者の意識に上っているときには顔領域が強く活動し、建物の画像が被験者の意識に上っているときには建物領域が強く活動」するという。
上述したのは、第4節「見ることと、見えること」の最初のほうのごく一部なのだが、ここではこうした「眼球間闘争」実験をいくつか解説しながら、「意識内容を切り替える領域」や、意識内容が決定される領域などを考察している。この考察が、本書のなかで最も読み応えがあるところであり、また最も読むのが大変なところかもしれない。
ほかに、記憶、知能、心の理論などと関連する脳の活動について、脳画像を用いた実験が何を明らかにしてきたかを解説している。また、脳が遺伝子によって左右されること、脳が学習により変化することなども述べられている。将来、脳活動の解析による読心術は可能か、といった話題もあり。
ひとこと
私のこのレビューでは、実験部分をピックアップしたので「難しそうな本」というイメージが強調されているかもしれない。確かにそういう部分はあるのだが、随所にわりとくだけた表現も見られるので、「お堅い本」というイメージではない。冒頭には、著者が「実験的な根拠」に基づいて空想した「未来の脳社会」の描写がある。