情動と理性のディープ・ヒストリーーー意識の誕生と進化40億年史
書籍情報
- 著 者:
- ジョセフ・ルドゥー
- 訳 者:
- 駒井章治
- 出版社:
- 化学同人
- 出版年:
- 2023年4月
進化の歴史を概観し、著者が提唱する意識の理論を概説する
情動の研究で知られる著名な神経科学者ジョセフ・ルドゥーが、生命のはじまりから人類の誕生までを概観し、情動や認知について論じ、自身が提唱する意識の理論を概説している。
最終章の章題は「生存は深いが、情動は浅い」。本書では、著者のこの見解が明らかにされている。
神経系の進化
神経科学者が進化の歴史を紹介しているので、神経系の進化が読みどころのひとつ。
たとえば、「どのように神経と神経系ができたのか」という章(第27章)では、ニューロンの出現に関するガスパール・ジェケリーの仮説を紹介している。
「ガスパール・ジェケリーは、カイメンの幼生において繊毛による遊泳がどのようにして刺胞動物のニューロンの出現に道を開いたかについて、興味深い仮説を提唱した。ジェケリーの考えでは、ニューロンは感覚ー運動統合の効率を高めるために最初に出現した」。このように記したあと、「化学物質から神経によるコミュニケーションへのステップ」について述べていく。
同章では、カイメンはニューロンをもっていないが、「セス・グラントが「プロトシナプス構成要素」と呼ぶもの」をもっていることも紹介される。このことを説明してから、さらにこう記している。「とくに興味深いのは、これらのプロトシナプス様構造体のいくつかが襟鞭毛虫にも見られるという事実である」と。
襟鞭毛虫は単細胞の原生動物、カイメンは多細胞の側生動物、刺胞動物は真正後生動物。この章までに、こうした知見も紹介されている。
また、刺胞動物の神経系についても説明される。「刺胞動物の神経系は未発達であり、大部分は単純な神経網で構成されている。この神経網は、皮膚のような組織層(図27-3)を通して分布するニューロンの分散型の集合体である……」。図を交えて、「ポリプ」「クラゲ」の神経系がどのようなものか述べられている。(ちなみに、本書における図は、モノクロの素晴らしいイラスト)。
つぎの章「前を向いて」では、両側性生物が「脳という頭部にあるニューロンの集まりを形成し、強化された神経系を獲得した」ことが記され、「初期両側性動物の脳と神経索」が図示されている。
さらに別の章「ふたつのコードの話」(第32章)の「図32-1」では、刺胞動物、前口動物、無脊椎後口動物(脊索動物)、脊椎動物、それぞれの体の基本的な構造が図示されていて、一目で比較できる。たとえば、前口動物は「(上から)消化管、アクソコード、神経索」、無脊椎後口動物(脊索動物)は「(上から)神経索、脊索、消化管」、ほかに、脳、口、肛門の位置も示されている。
もちろん本書では、脊椎動物の神経系についても一般レベルで詳述されている。
「情動意識の高次理論」を概説する
意識に関する理論のなかで著者が有望視しているのが、「高次理論(HOT:Higher-Order Theory)」と「グローバル・ワークスペース理論(GWT:Global Workspace Theory)」。この二つの理論を概観し、とくに支持する「HOT」を詳述する。
著者は、「〝意識の多状態階層モデル〟という修正された高次理論」を提唱しており、この理論について、前頭前野の高次ネットワークとその他の脳領域(感覚や記憶に関する脳領域など)との解剖学的なつながりを示しながら、詳しく述べている。
さらに、多状態階層モデルに照らして「情動意識の高次理論」を概説する。つぎのように記している。
「……私の提案は、意識的な情動経験は、典型的には、前頭前野の高次ネットワークによるさまざまな非意識的構成要素の処理から生じるというものである。……」
前頭前野の高次ネットワークには、「背外側(DL)」「腹外側(VL)」「前頭極(FP)」を挙げている。そのなかで、とくに「前頭極」に注目している。前頭極は「ヒトの脳と類人猿の脳とをもっとも区別する部位と考えられて」いるそうだ。
神経科学の多彩な知見を積み重ねるように提示しながら、論を展開している。
感想・ひとこと
進化と神経科学のさまざまな知識を得られる読み応えのある本。図示によって、理解を助けている。
なお、NDC「491」(基礎医学)だが、当サイトでは「脳/医学」と「生物」に入れた。