夢を叶えるために脳はあるーー「私という現象」、高校生と脳を語り尽くす
書籍情報
- 著 者:
- 池谷裕二
- 出版社:
- 講談社
- 出版年:
- 2024年3月
「脳はなんのためにあるのか」という問いを中軸に高校生と議論を繰り広げ、著者の「脳観」を伝えている
『進化しすぎた脳』、『単純な脳、複雑な「私」』に続く、高校生への講義シリーズ第3弾。10名の高校生に行った全3回の連続講義がもとになっている。
講義における最初の問いかけは、「脳はなんのためにあるのか」。
そして著者の見解は、書名の「夢を叶えるために脳はある」だ。これは、研究室の公式ホームページのトップに掲げられている標語でもある。
この「夢」の意味するところは、本書でたびたび引用されている『古今和歌集』の歌に示されている。
「世の中は 夢か現か 現とも 夢とも知らず ありてなければ」
「夢と現実の区別は難問だ」という。そのような話から、「……現実とは、夢そのものだ。……」という著者の見解に向かって、多彩な知見を織り込みながら、さまざまな視点から議論が繰り広げられる。
「常識」という殻から抜け出すための対話
「脳はなんのためにあるか?」
「「私」とは、一体だれだ?」
「みんな、夜には夢を見るよね? その夢と、いまここにある現実は何が違うんだろう?」
「心ってなんだろう。脳ってなんだろう。…… 心は物質ではない。でも、脳は物質だ。この二つの関係はどうなってるのだろうか。」
「「科学」とはなんだろうか。」
他にもあるが、このような質問をして、高校生たちと問答を重ねていく。
たとえば、最初の「脳はなんのためにあるか?」という問いに対して、ある生徒はこう回答した。「脳があれば、生命を存続させるうえで有利に働くから。」と。
それに対して、著者はつぎのように話す。
「ほうほう、なるほど。たしかに、脳の大きな生物ほど、臨機応変にうまく環境に適応することができる。脳を持っていることは、生存に有利に作用しているように思える。でも、これもまた一筋縄にいかない問題かもしれない。……略……。たとえば樹木を想像してほしい。樹齢1000年以上の木もあるよね。樹木には脳はない。でも、ヒトよりも長生きする。生命の存続期間ではヒトが負けてる。」
高校生は「たしかに……」と言い、著者はこの話題をさらに膨らませていく。
このように、どんな回答も受け入れつつ、異なる視点を示したり、質問を重ねたりして、議論を巧みにリードする。そして、さまざまな問答を通して、高校生たちが「常識」という殻から抜け出せるように導く。
そこから、知覚や記憶、他にも多様な脳研究の知見を示しながら、3日間の講義を通して、上述した問いについての議論を深めていく。
人工知能と脳を比較し、ヒトらしさを考察する
人工知能の基礎知識、応用例、ブラックボックス問題(「人工知能内部の計算が、ヒトには理解できない」)などを見ていき、人工知能と脳を比較しながら、ヒトらしさを考察する。また、「わかる」ということについて考え、「科学とはなんだろう」ということも議論している。
感想・ひとこと
「高校生脳講義シリーズ三部作の完結編」。高校生との議論の中に、著者の知性の高さが垣間見える。その知性によって議論は広がり、生徒たちも読者も多彩な知見に触れることができる。これは同シリーズすべてに共通するおもしろさ。今回は(他二冊とは異なり)、完結編ということもあってか、約650ページ(講義の終わりまでで633ページ)という大部の書になっている。著者池谷裕二が自身の「脳観」を一般に向けて語るということにおいては、集大成といえる一冊ではないだろうか。