意識と時間と脳の波ーー脳はいかに世界とつながるのか
書籍情報
- 著 者:
- ゲオルク・ノルトフ
- 訳 者:
- 高橋洋
- 監 修:
- 虫明元(監修・解説)
- 出版社:
- 白揚社
- 出版年:
- 2024年11月
脳活動の解析をもとに、意識や自己を論じる
著者のゲオルク・ノルトフは、「オタワ大学神経科学・精神医学・哲学教授」(本書の著者紹介より)。「意識の時空間理論」を提唱しており、この理論では、「意識は、脳、身体、世界の内部の時間(と空間)に依拠していると見なせる」と主張する。本書では脳と時間に焦点を絞って論を展開する。
「時間」について
意識の時空間理論は、「哲学と神経科学を統合した意識の理論」。まず本書では、キーワードとなる「時間」についての哲学的な見方が述べられる。
古代ギリシアの時間の神クロノスとカイロスの区別から説き起こし、古典物理学および現代物理学における時間について見ていく流れから、西洋の古今の哲学者たち(ライプニッツ、ベルクソン、ホワイトヘッドなど)が支持したという「関係説」が説明される。つぎのように記されている。
「関係説は、さまざまな時間のスケールから構成される連続的な構築物として時間を理解する。それには変化する短い瞬間と長い連続的な期間の両方が含まれ、すべての時間のスケールを横断して同一性が保たれる。短い時間のスケールと長い時間のスケールは互いに統合され関係し合うーーそしてそれによって変化と連続性が同時に生じる。時間は所与のものではなく構築されるものと考えるこの見方は、構築的時間観と呼べる。」
上の記述は「はじめに」という本書の導入部からの引用だが、「構築的時間観」については第1章でも説明される。こう記されている。「……「構築的時間観」は、時間をできごとや物体間の関係としてとらえ、それらの時空間的な関係をできごとや物体それ自体の一部と見なす。この関係は、……「内的時間」と呼ぶことにしよう……」。
脳は「連続的な変化と経過によって特徴づけられる独自の波を持つ内的時間を示す」と述べ、「脳内時間の構築」の解説へと展開される。
そして、さまざまな波によって脳内時間が構築されること、デルタ波、シータ波、アルファ波、ベータ波、ガンマ波など、さまざまな脳波があってそれぞれが独自の機能を示すこと、脳の自発的な活動が「さまざまな周波数帯域にわたって働く高度な時間的構造を示す」こと、などが述べられていく。そして著者は、つぎのように記す。
「要するに、脳内時間は、脳神経活動に内在的な、すなわち内的な時間的持続を構築するスケールフリー活動によって特徴づけられる。……脳による内的な時間的持続の構築は、自己や意識のような心的機能の形成に中心的な役割を果たしている。」
スケールフリー活動、長範囲時間相関など、さまざまな用語を交えて論じられる。
「意識」について
意識について、著者はつぎのように記している。
「意識は「頭の内部」に存在するのではない。純粋に神経的なものではなく、神経 ー 生態的なものであるーーつまり脳と世界の関係に基づいている。意識は、世界とその時間的な構造に対する脳の時間的な整合性を介して保たれる。私はそれを、力動的な「世界 ー 脳」関係と呼ぶ。」
本書には難しい表現がいくつも出てくるが、その理解を助けるための喩えも豊富に用いられている。たとえば、サーフィンやタンゴの喩えなどがある。長くなるが、もうすこし引用を続けたい。
「……脳は、身体のみならず世界ともタンゴを踊っている。タンゴを踊っている最中、音楽とその波は踊り手の身体に入り込んでくる。世界と脳にも同じことが当てはまる。世界の波は脳の波に入り込み通り過ぎるーー脳の波は、はるかに大きな世界の波の縮小版だと言えよう。脳の波が、世界の波から切り離されれば、意識も失われる。このように意識とは、世界の波に対する脳の波の結合の現れにすぎないのである。」
意識が保たれるためには脳の感覚機能が重要であり、たとえ脳の運動機能が損なわれても意識は保たれるという。閉じ込め症候群患者の症例などをもとに、この見解を示している。
意識は、サーフィンの喩えでは、サーフボードだという。「世界の波に乗る」ためのサーフボード。そして、「自己」を「サーファー」に喩える。
自己については、引用を交えて詳しく紹介しないが、「自己とは時間的持続に関するもの」といった主張が展開されている。
また、脳が身体と「タンゴを踊っている」ことも述べられる。
感想・ひとこと
脳活動の解析をもとに哲学的に論じられているので、この分野の知識を持たない読者は難しく感じるのではないだろうか。しかし、意識や自己についての論考は興味をそそる。おすすめしたくなる面白さと、おすすめしにくい難しさを感じた。