脳のなかの倫理ーー脳倫理学序説
書籍情報
- 著 者:
- マイケル・S.ガザニガ
- 訳 者:
- 梶山あゆみ
- 出版社:
- 紀伊國屋書店
- 出版年:
- 2006年2月
著名な神経科学者が、脳神経科学や遺伝学といった科学技術の進歩がもたらす倫理問題を論じる
副題にある「脳(神経)倫理学」(Neuroethics)とは、「人間の脳を治療することや、脳を強化することの是非を論じる哲学の一分野」。これは、この新語を作ったウィリアム・サファイアによる定義だ。
著名な神経科学者で、大統領生命倫理評議会のメンバーとして生命倫理を考えてきたマイケル・S.ガザニガは、「脳神経倫理学は、たんに脳のための生命倫理というだけのものではない」と捉え、「病気、正常、死、生活習慣、生活哲学といった、人々の健康や幸福にかかわる問題を、土台となる脳メカニズムについての知識に基づいて考察する分野である」(傍点省略して引用)と定義する。
本書は、この「脳倫理学」を4部構成で探求する。近年の脳神経科学や遺伝学といった科学技術の進歩は社会に何をもたらすのか。脳科学の現状や「今後の展望」、また倫理問題への著者の見解が述べられている。
第1部では、「倫理的な視点から見て、胚をどの時点から人とみなすべきか」という問いを、胎児の脳の発達や脳死の問題などを論じながら考察している。また、脳の老化の問題をとりあげる。認知機能の喪失と自己意識の終焉をどう考えるかは難問だ。
第2部では、「脳の強化」をとりあげる。「デザイナーベイビー」の問題をどう考えるか。「親が子供の遺伝子を操作するのは許されるのか」という問題が考察される。また、薬による肉体や知力の能力増強の問題をどう考えるか。
第3部では、司法にまつわる問題をとりあげる。「自由意志と個人の責任の問題」の考察がある。著者はこの考察の最後でこう述べる。「責任の有無を、脳神経科学者が脳のなかから見つけ出すことはけっしてないだろう。責任とは人が持つ属性であって、脳が持つ属性ではないからだ」と。また、脳科学が明らかにしている「記憶システムの不確かさ」と目撃証言については、どう考えればよいのだろうか。他に、「脳内嘘発見器」の話題などがある。
第4部では、人の信念がどのように作られるか、「脳が信念を作り出す仕組み」をみていく。そして「共通の道徳を生み出す原動力とは何か、それがどういう仕組みで働くかについて」考察する。著者は「私たちは、人類共通の倫理が存在するという立場に立って、その倫理を理解し、定義する努力をしなければならない」と語る。
ひとこと
脳倫理学が直面するさまざまな問題に関して、脳科学の現状と「今後の展望」が冷静に語られている。