ネアンデルタール人は私たちと交配した
書籍情報
- 著 者:
- スヴァンテ・ペーボ
- 訳 者:
- 野中香方子
- 出版社:
- 文藝春秋
- 出版年:
- 2015年6月
DNAから人類の歴史を明かすことを望み、古代のDNAを抽出し分析するという至難のわざに挑んだ研究者の物語
「あれは人間のDNAじゃありません」——研究室に所属する大学院生からの電話を受けとるところからこの本は始まる。まるで映画のワンシーンを想起させるような書き出しだ。しかしもちろん本書は、フィクションではなく、古代のDNAを調べる研究の物語だ。
1856年、「ネアンデル谷の採石場で、小さな洞窟を掘っていた作業員たちが、頭蓋冠と何本かの骨が埋もれているのを見つけた。(中略)専門家が検証したところ、絶滅した人類のものだとわかった」。それ以来、「ネアンデルタール人とは何者で、どんな暮らしをし、なぜ3万年前に消えたのか、ヨーロッパで同時代を生きた現生人類と交流はあったのか」などが探究されてきた。
1997年——上述の電話から9か月が経過した頃——、著者らの研究は世間の注目を集めていた。ネアンデルタール人の化石から、そのDNAを抽出し分析して、論文を発表したのだ。著者らは困難を乗り越えて、史上初となる、ネアンデルタール人のmtDNA(ミトコンドリアDNA)の配列を解読した。
このときの論文を、今でも「自分が書いた中で最良の論文のひとつと見なしている」と著者はいう。その論文のなかで、つぎのようなことを述べている。
「このネアンデルタール人のmtDNA配列は、現代人が独立した種として最近アフリカで誕生し、ネアンデルタール人とほとんど、あるいはまったく交配することなく取って代わった、というシナリオを裏づける」と。
この論文の内容は、書名とは異なる内容だ。現生人類とネアンデルタール人は交配していないというのだから。しかしこれは、mtDNAの分析に基づいて論じているもの。
細胞小器官ミトコンドリアは、細胞核のDNAとは異なる独自のDNAをもつ。このmtDNAは母性遺伝、「母親を介して子孫に伝えられるので、母系の歴史しか語らない」という。著者はこのことを説明し、「ネアンデルタール人が、現生人類に遺伝子を寄与した可能性は否定できない」と結論する。
そして著者らは、核DNAを調べる。その分析から得られた結論が、書名のとおり、「ネアンデルタール人は私たちと交配した」だ。もちろんここが本書のハイライトだろう。
そこに至るまでの、さまざまな研究および自伝的エピソードが綴られている。少年のときにエジプトを訪れて古代の歴史に夢中になったこと、ミイラのDNAの抽出を試みたこと、古代人「アイスマン」のDNA分析のこと、「マックス・プランク協会の進化人類学研究所」の創立のこと、などなど。ときおり著者の恋愛話も飛び出す。最後のほうで、「デニソワ人」をとりあげる。
本書は、DNAから人類の歴史を明かすことを望んだ研究者の物語。
ひとこと
文章自体は読みやすいが、専門的な記述を交えて語られているので、誰でもすらすら読み進めることができる本とは言えない。けれども、専門的な知識がないという理由で敬遠するような本ではないと思う。「古代DNA」「ゲノム解読」「人類の歴史」といった言葉に興味があるなら、一読の価値があるのではないだろうか。