やわらかな遺伝子
書籍情報
- 著 者:
- マット・リドレー
- 訳 者:
- 中村桂子/斉藤隆央
- 出版社:
- 早川書房
- 出版年:
- 2014年7月
人間の本性とは何か。長年にわたる「生まれか育ちか」論争に対して、「生まれは育ちを通して」と主張する。「遺伝子は、育ち(環境)からヒントをもらうようにできている」という
ページをめくっていくと1枚の写真がある。「1903年4月1日、ビアリッツ」。そこには12人の男たちが並んでいる。「人間の本性について、二〇世紀に広く認められた主要な理論を組み上げた人々である」という。じつは、この写真は「架空の写真」で、「彼らの大半はお互いに顔を合わせたこともない」そうだ。それどころか、この日付の時点では、すでに亡くなっているもの、少年だったもの、赤ん坊だったもの、も混じっている。
著者のこのユーモアのもとは、1927年のソルヴェイ会議に集まった物理学者たち――アインシュタインやボーアなどの天才物理学者たち――の有名な写真だ。その写真と同様に、「私の想像した写真も、科学がたくさんの新しいアイデアを生み出していた爛熟の瞬間を捉えている」という。
著者は、この12人の男たちを柱にして本書を組み立てた。では、彼らは誰なのか。プロローグで、こんなふうに紹介している。
チャールズ・ダーウィン。「ダーウィンは、類人猿の行動のなかに人間の特徴を探し求め、人間の行動に、たとえば楽しいと笑うなどといった普遍的な特徴があることを明らかにしようとした」
フランシス・ゴールトン。「ゴールトンは遺伝こそ重要だと熱烈に訴えた」
ウィリアム・ジェームズ。「彼は本能の重要性を訴え、ヒトの本能的衝動はほかの動物より少なくはなく、むしろ多いと主張した」
ヒューゴー・ド・フリース。植物学者。「遺伝の法則を発見したものの、すでに三〇年以上も前にモラヴィアの修道士グレゴール・メンデルが同じ発見をしていたことに気づいたのだった」
イヴァン・パヴロフ。「経験論の擁護者で、人間の精神を解く鍵は条件反射にあると考えていた」
ジョン・ブローダス・ワトソン。「ワトソンは、パヴロフの考えを「行動主義」に結実させ、人格は鍛錬によって自由自在に変えられるという有名な主張をする」
エーミール・クレペリン、と、ジグムント・フロイト。「精神科医たちを「生物学的な」説明から離れさせ、個人史にかんするふたつのまったく異なる概念を認めさせようと苦心していた」
エミール・デュルケーム。「社会的事実は部分の総和を超えた実在だと躍起になって訴えていた」
フランツ・ボアズ。「文化が人間の本性を形成しているのであって、その逆ではないと主張しだしていた」
ジャン・ピアジェ。「その模倣と学習にかんする説が完成するのは二〇世紀の半ば」だ。
コンラート・ローレンツ。「本能の研究を復活させ、一九三〇年代、刷り込みという重要な概念を明らかにした」
著者は、彼らのアイデアを統合して、人間の本性をこう述べる。「人間の本性は、実のところ、ダーウィンのいう普遍的特性と、ゴールトンのいう遺伝と、ジェームズのいう本能と、ド・フリースのいう遺伝子と、パヴロフのいう反射と、ワトソンのいう連合(訳注を省略)と、クレペリンのいう経過と、フロイトのいう形成期の経験と、ボアズのいう文化と、デュルケームのいう分業と、ピアジェのいう発達と、ローレンツのいう刷り込みとが組み合わさったものなのだ。人間の心のなかでは、これらすべてのものが働いている。ひとつでも欠けると、人間の本性についてきちんとは語れない」と。
原著のタイトルは「Nature via Nurture」(「生まれは育ちを通して」)。長年にわたる「生まれか育ちか」論争に対して、「生まれは育ちを通して」と主張しているのが本書だ。遺伝子を理解することの重要性を説き、そして「遺伝子は、育ち(環境)からヒントをもらうようにできている」と述べている。訳者あとがきによると、本書タイトル『やわらかな遺伝子』には、このような「環境に対応して柔軟にはたらく遺伝子」という意味が込められているようだ。
ひとこと
原著は2003年のもの。単行本は、2004年に紀伊國屋書店より刊行されている。