もう牛を食べても安心か
書籍情報
- 著 者:
- 福岡伸一
- 出版社:
- 文藝春秋
- 出版年:
- 2004年12月
書名からは、狂牛病(BSE)にまつわる本だとわかる。だが、本書の真のテーマは、生命とは何か
「生命は、全く比喩ではなく、「流れ」の中にある」。この動的平衡という生命観を、一般に向けて語りはじめた福岡伸一の著作の第一弾。
生命とは何かを論じる際には、「ものを食べることの意味、特に、なぜタンパク質を食べ続けなければならないのか」ということから説明をはじめている。そして消化の意味をこう述べた。「消化の本当の役割は、食物、すなわち他の生物の身体の一部がかつて内包していた情報を、いったん完膚なきまでに解体してしまうことにある」と。
「食べることの本質的な意味」、それに気づいたのは、ルドルフ・シェーンハイマーだという。著者はこう述べている。
「食べた食物は瞬く間に、分子のレベル、ひいてはそれ以下のレベルまで分解される。一方、安定なはずの内燃機関たる生物体もまた驚くべき速度で常に分子レベルで解体されている。そして食物中の分子と生体の分子は渾然一体となって入れ換わり続けている。つまり、分子のレベル、原子のレベルでは、私たちの身体は数日間のうちに入れ換わっており、「実体」と呼べるものは何もない。そこにあるのは流れだけなのである」。「シェーンハイマーはそれを「発見」した。それは、生物学史上のコペルニクス的革命であった」
著者は、シェーンハイマーの「同位体」を用いた実験を丁寧に解説し、また、彼の一生を丹念に描きだしている。
「消化」については、つぎのような記述がある。「生物は、消化管にやってきた物質を見極めた上で、タイミングよく消化酵素を送り出して消化を進めている。消化酵素は膵臓で作り出され細い管を通って小腸に放出される」。「消化管とは、内部に折り畳まれた皮膚の延長であり、実際、皮膚と同じように様々な情報認識が行われている。皮膚感覚と異なり、これは意識されることはないが、皮膚感覚以上にファインな化学的な情報識別システムがある」。このことを、著者らの研究を紹介しながら、論じている。著者らが行った実験の手法や考え方を丁寧に述べているので、読み応えがある。
もちろん、書名のとおり、狂牛病(BSE)にまつわる話題がある。「狂牛病はなぜ広がったか」「狂牛病病原体の正体は何か」「日本における狂牛病」などの章があり、本書の約半分は、狂牛病関連の話題。しかし、論じているのは、狂牛病のことだけではない。「クールー病、ヤコブ病(CJD)、狂牛病、スクレイピー。これらはいずれも同じ病気、すなわち伝達性海綿状脳症が違う動物種で発生しているもの」だそうで、この伝達性海綿状脳症の研究の歴史を辿っている。著者は、ノーベル賞を受賞した「プリオン仮説」は、「今なお極めて不完全な仮説」だと論じている。
ほかに、かつて「記憶物質」を研究した科学者たちのエピソードや、「脆弱性の窓」の話題がある。
ひとこと
本書は、NDC645なので、大別するとジャンルは「畜産業」になるが、当サイトでは「生物」と「医学」に入れた。