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出版社:
講談社
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出版社:
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皮膚感覚と人間のこころ
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傳田光洋
出版社:
新潮社
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ウイルスは生きている

書籍情報

【講談社現代新書】
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著 者:
中屋敷均
出版社:
講談社
出版年:
2016年3月

ウイルス関連の基礎知識を得ることができ、また、進化の観点からウイルスを見つめ、生命とは何かを考えてみることができる一冊

ときにエピソードを巧みな表現で綴り、ときに喩えを駆使した解説を試み、ときに生命とは何かという壮大なテーマに取り組む。そのようにして、「ウイルスは生きている」という主張を伝え、「新しいウイルス観」を提示すると同時に、生命の不可思議さを浮かび上がらせる。進化の観点からウイルスを見つめてみる。読者は、ウイルス関連の知識を、知的好奇心と同義ともいえる〝戸惑い〟とともに得ることになるにちがいない。

2000年の『ネイチャー』誌に「驚くべき論文」が掲載されたという。著者は、その話題を紹介したのちに、こう述べる。「我々はすでにウイルスと一体化しており、ウイルスがいなければ、我々はヒトではない」と

「まえがき」では、まず、「初めて我が子の「鼓動」を聞いた瞬間」を描くことからはじめている。その書き出しから、「母体の子宮とは不思議な場所である」ことを述べて、「合胞体性栄養膜」を説明する。

「合胞体性栄養膜」は、「胎盤の絨毛を取り囲むように存在する」。「この膜は胎児に必要な酸素や栄養素を通過させるが、非自己を攻撃するリンパ球等は通さず、子宮の中の胎児を母親の免疫システムによる攻撃から守る役目を果たしている」

そして、「驚くべき論文」の内容をこう紹介する。「この「合胞体性栄養膜」の形成に非常に重要な役割を果たすシンシチンというタンパク質が、ヒトのゲノムに潜むウイルスが持つ遺伝子に由来すると発表されたのだ」と。「その後、マウスやウシといった他の哺乳動物でも、多少の違いはあるものの同様のことが相次いで報告された」という。

これは、どういうことなのか? つぎのように論じている。

「その昔、シンシチンを提供したウイルスと我々の祖先はまったく別の存在で、無関係に暮らしていたはずである。しかし、ある時、そのウイルスは我々の祖先に感染した。そしてシンシチンを提供するようになり、今も我々の体の中にいる。そのウイルスがいなければ胎盤は機能せず、ヒトもサルも他の哺乳動物も現在のような形では存在できなかったはずである」

この「胎盤形成におけるシンシチン」について、第4章でふたたびとりあげている。これは、「ウイルスと私たちが〝一体化した〟事例と言える」と述べている。

本書では、「宿主と共生するウイルスたち」の事例をいくつか紹介している。第3章の読みどころは、寄生バチとポリドナウイルスの関係を紹介しているところ

「宿主と共生するウイルスたち」というのは、第3章のタイトル。この章を、まず、SFホラー映画『エイリアン』の序盤シーンを描写することからはじめている。この映画のなかのエイリアンのように、「他の生き物の体内に寄生して飛び出して来る生物がこの地球上に存在している」という。「その生物とは、体長が数ミリから数センチほどの一群の寄生バチだ」。この代表的なグループがコマユバチだそうで、ここではカリヤコマユバチの例を中心に紹介している。

産卵期のカリヤコマユバチは、「寄主となる可哀想な犠牲者」アワヨトウという蛾の幼虫を見つけると、「腹部を折り曲げて飛翔し、針のような産卵管を相手に差し込んで、一度に数十個の卵を産み付ける」。それは、「軽やかに舞う剣士のよう」だと著者は表現する。「その卵はアワヨトウの体内で孵化し、エイリアンのように寄主から養分を摂取して成長し、孵化から約10日後に、成熟幼虫(三齢幼虫)がアワヨトウの体内から脱出してくる」という。「このコマユバチが脱出する時期になると寄主のアワヨトウは様々な奇妙な行動を取るようになる」(「奇妙な行動」に傍点)

アワヨトウはどのような「奇妙な行動」をとるのか、「巧妙なカリヤコマユバチ幼虫の脱出劇」を説明する。これはいわば〝序幕〟だ。

〝序幕〟を描いたあとで、著者はつぎのように記している。「ここまで述べた寄生バチと寄主の生態的な関係は、それだけで充分に驚嘆に値する不思議に満ちているが、実はこの関係の成立に重要な役割を果たしているのが、ポリドナウイルスという、これまた奇妙なウイルスなのである」。「ポリドナウイルスは寄生バチが保有するウイルス」。「寄生バチにとっては、ポリドナウイルスは、明らかに敵ではなく味方であり、一種の共生関係にあると考えられている」。この「共生関係」の解説が第3章の読みどころだ。

ポリドナウイルスの「二つの重要な働き」を紹介しており、ひとつは、「産み付けられた寄生バチの卵・幼虫に対する寄主の免疫反応を抑制すること」、もうひとつは、「寄主の変態の阻止」だそうだ。これらの説明のあと、さらに不思議な話が続く。

著者は、「「災厄を招く」ばかりではない「コミュニティーに暮らす」ウイルスたちの意外な側面を中心的に紹介したい」と述べている。だが、もちろん「災厄を招く」側面も描いている。「序章」では、「モンスター」の恐怖と「憂い」を、ある科学者の「情熱」とともに描き出す

地球の自転軸の話からはじめて、北極圏の説明へ。そして、ブレビック・ミッションという村を丁寧に描写する。

「その北極圏からわずかに外れた北緯65度20分に位置するブレビック・ミッションは、イヌイットを中心とした100世帯ほどの人々が暮らす小さな寒村である。ベーリング海峡を望むアラスカのスワード半島に位置し、海辺に張り付くように住居地が形成されているその村は、土地の多くが永久凍土に覆われる極寒の地である。……略……。その荒涼としたツンドラ大地の一角に、ベーリング海を見下ろすかのようにたくさんの白い十字架が立っている」

そして、「モンスター」の登場となる。

「1918年11月、郵便と共に運ばれてきたその「モンスター」は、当時ブレビック・ミッションに暮らしていた150名ほどの住人のうち72名もの命をわずか5日間で奪い去った。その白い十字架の下の永久凍土には、その時、犠牲となった人たちが、今も眠っている」

1951年。「アイオワ州立大学の研究チームの一員として彼は初めてブレビック・ミッションを訪れた」。彼とは、「アイオワ州立大学で免疫学を学んでいたストックホルム生まれのヨハン・フルティン」だ。

フルティンは、「博士論文で「スペイン風邪」を起こしたインフルエンザウイルスを同定し、それに対するワクチンを作るという、壮大なテーマに取り組んでいた。彼のアイディアは「スペイン風邪」で亡くなった人の亡骸からウイルスを分離して、それを利用してワクチンを作成するというものであった」。そこで、フルティンが目をつけたのが、「アラスカの永久凍土に埋葬されている犠牲者」だった。

「モンスター」とは、「1918年から1919年にかけて世界を恐怖に陥れた「スペイン風邪」」のこと。これは、「人類が経験したパンデミック(感染症の世界流行)の中でも史上最悪のもの」だという。「スペイン風邪」の病原体とは、インフルエンザウイルスだ。

ここでは、「モンスター」の正体を明らかにするための「フルティンの情熱」を、また、「スペイン風邪」の恐怖を、臨場感あふれる筆致で描き出している。

そして、「スペイン風邪」の病原体であるインフルエンザウイルスにまつわる考察を加えていく。

「ブレビック・ミッションで得られたウイルスの遺伝子解析から明らかとなったのは、これがH1N1型というA型インフルエンザウイルスに分類されるということだった」。そして、「興味深いことに、その後の多くの遺伝子解析からヒトに感染するH1N1型のウイルスはすべて1918年のウイルスに由来することが示唆されている」

しかし、「今はその型のインフルエンザが流行することがあっても、スペイン風邪のような惨劇は起こらない」という。「1950年代にオーストラリアで行われたウイルスによるウサギ駆除作戦の顛末」などを紹介して、「ウイルス毒性の低下」にまつわる話題へと展開している。

第1章では、ウイルス研究の歴史を綴る。著者がスポットライトをあてたのは、「枠を突き抜けた純度を持つ男」マルティヌス・ベイエリンク

ウイルスの発見者は誰なのか。この点は今も議論があるそうで、本書では、三つの業績を紹介している。そのなかのひとつが、マルティヌス・ベイエリンクの研究だ。「彼はその「濾過性病原体」の正体をcontagium vivum fluidum(生命を持った感染性の液体)と記述し、微生物ではなく可溶性の「生きた」分子であると主張した」という。(この記述の前に、「濾過性病原体」の話がある)

著者は、「生命を持った感染性の液体」を第1章のタイトルにして、この章をベイエリンクの生い立ちを描くことからはじめている。

ベイエリンクの研究について述べたあとで、「酵素」の発見、生化学者のウェンデル・スタンリーの研究などを紹介していく。

第2章では、「ウイルスの基本的な構造」などの基礎的なことを概説し、また、ウイルスの定義の難しさを論じる

著者が中学生だった頃、「頭髪は丸刈り」という校則があったそうだ。その当時のエピソードを丁寧に綴ることからはじめている。

では、「丸刈りとは何か」。たとえば、「髪の毛の長さが1cm以下を丸刈りとする」という校則(定義)をつくるとする。すると、1・05cmは、校則(定義)では丸刈りではなくなる。しかし、それは社会通念上おそらく丸刈りと呼ばれるだろう。5cmならば丸刈りとは呼ばれないだろうが、2cmでは? 1・5cmでは? ……。このような感じの「丸刈り」の話で、区分をつくった場合の線引きの難しさを伝えている。

ウイルスの定義にもこのような難しさがあるという。この章では、ウイルス、転移因子、プラスミドの「境界」について論じている。

また、ウイルスに関する基礎的なことを説明する際には、まず、「家なき子」「レインコート」などの喩えを用いて説明し、そのあとで、専門用語で説明する。

(「第3章」は、前述した寄生バチの話など)。第4章、第5章、終章では、進化の観点からウイルスを見つめ、生命とは何かを論じていく。そして、著者の主張「ウイルスは生きている」を浮かび上がらせる

第4章「伽藍とバザール」では、〝伽藍とバザール〟という言葉の説明からはじめて、こう述べる。「この章ではウイルスと宿主進化の関係に焦点をあて、特にそんなバザール型進化にウイルスやその関連因子が関与している例をいくつか紹介していきたい」と。ここでは、前述した「胎盤形成におけるシンシチン」の話などのあとで、「遺伝子の水平移行」について論じている。

第5章「ウイルスから生命を考える」では、まず、代謝の観点から、つぎに、「ダーウィン進化」の観点から、生命とは何かを見つめていく。ここでは、著者・中屋敷均のキーワードといえる「生命の鼓動」が登場する。この章の最後のほうで、「生命の本質を、この「生命の鼓動」による進化と考えるならば、ウイルスは当然、生命の一員ということになるが、それを受け入れることが出来る読者も出来ない読者もおられることだろう」と述べている。

終章「新しいウイルス観と生命の輪」では、「パンドラウイルス」の話からはじめて、「巨大ウイルス」について、「一個の生物」とは何かについて論じていく。そして、生命の存在の様式は「生命の輪」、という表現に辿り着く。そうして、書名「ウイルスは生きている」という主張を浮かび上がらせる。

ひとこと

読ませる科学本。NDC分類は「491」なので、大別するとジャンルは「医学」だが、当サイトでは「生物」に入れた。

初投稿日:2016年08月04日

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