傳田光洋の本、どれを読む?
皮膚は「第三の脳」である。皮膚は個体と環境の境界である。そのような観点から、人のこころや生命を語る
傳田光洋(でんだみつひろ)は、資生堂リサーチセンター主幹研究員(2015年時点)。大学での専攻は、工学部の物理化学。皮膚の研究に携わることになったのは、30歳の頃という異色の経歴を持つ。海外の皮膚科学の研究者のあいだでは、表皮のケラチノサイトに存在する受容体を見つけてくる研究者として知られている。
傳田光洋は、現時点では、おもに「表皮」について解説している。とくに、「バリア機能」にまつわる研究成果を紹介しており、その研究と内外の文献を渉猟した豊富な知見にもとづいて、人のこころや身体の健康などについて論じている。
発生の初期において、表皮と脳・脊髄は同じ「外胚葉」に由来する。また、表皮のケラチノサイトにも、脳にある受容体が存在し、神経細胞と同じ「興奮」と「抑制」の状態が存在するという。このような脳との類似性を示す研究事例を紹介して、皮膚を「第三の脳」と表現する。
個体と環境の境界である皮膚。その皮膚のさまざまな「能力」を論じ、皮膚科学の見地から私たちの意識やこころ、生命などを考察する。また、イリヤ・プリゴジンの「開放系の熱力学」に思い入れを持っている。この視点から生命を考察することもある。こうした論考に、文学や美術や音楽などの話題をうまく織り込んで、魅力的な読み物に仕上げるのも上手い。自伝的なエピソードは、心を打つ内容であることが多い。
傳田光洋の書籍
本記事投稿時点(2015年11月7日)で、傳田光洋の著書は5冊。
皮膚科学の見地から、人間社会に存在する「システム」について論じることを試みた『驚きの皮膚』
「表皮」にまつわるさまざまな知見を紹介したあとで、皮膚科学の見地から、人間社会に存在する「システム」について論じている。また、「芸術と科学について」述べているところもおもしろい。傳田光洋が論じる「表皮」の話題を見渡すことができる。
- 著 者:
- 傳田光洋
- 出版社:
- 講談社
皮膚科学の観点から、人のこころ・意識・自己について考察する『皮膚感覚と人間のこころ』
この本では、人のこころ・意識・自己にまつわる著者の「思索のあれこれ」を楽しめる。ときに文学作品の言葉を織り込みながら考察しているところがおもしろい。もちろん、傳田光洋が論じる「表皮」にまつわる主要な話題を知ることもできる。身体装飾、「数学を用いた手法」による研究についても述べている。
- 著 者:
- 傳田光洋
- 出版社:
- 新潮社
皮膚にまつわる身近な話題、バリア機能、表皮と脳との類似性、分子生物学に対する見解など、さまざまなトピックを論じる『賢い皮膚』
最初のほうは、皮膚にまつわる身近な話題。これは、節を細かく分けているので、皮膚にまつわるコラムのような雰囲気がある。後半で、「今では忘れ去られている「生命場」という考え方」を紹介しながら、分子生物学に対する見解を述べている。そして最後に、生物学の研究手法を提言。ときに文学などの話題が登場する。
- 著 者:
- 傳田光洋
- 出版社:
- 筑摩書房
皮膚は「第三の脳だ」という「宣言」を経て、生命とは何かを論考する。また、皮膚科学から超能力を考察している『第三の脳』
この本では、生命とは何かを、「開放系の熱力学」を軸にして論考している。因果律に疑問を投げかける大胆な論考だ。この論考には、著者の思い入れが感じられる。また、皮膚科学から超能力を考察しているのも本書の特色のひとつ(真面目な本)。前半では、表皮にまつわる知見を紹介し、皮膚は「第三の脳だ」と「宣言」する。
- 著 者:
- 傳田光洋
- 出版社:
- 朝日出版社
「表皮」にまつわるさまざまな知見を紹介し、また、皮膚科学の観点から東洋医学を考察した『皮膚は考える』
岩波科学ライブラリー。102ページ。この本では、「表皮」にまつわるさまざまな知見を紹介している。傳田光洋が論じる「表皮」の話題をもっとも効率よく知ることができる一冊。皮膚科学の観点から東洋医学を考察しているところが興味深い。また、「むすび」の章で、心を打つ「個人的な体験」を語っている。
- 著 者:
- 傳田光洋
- 出版社:
- 岩波書店
傳田光洋の本、どれを読む?
はじめの一冊として、どの本がよいだろうか? それぞれの著書に、それぞれの魅力がある。傳田光洋が語る主要な話題はどの本でも知ることができる。
大別すると、美術や文学などの話を多めに盛り込んでいるもの(『驚きの皮膚』、『皮膚感覚と人間のこころ』)と、そうでないもの(『第三の脳』、『皮膚は考える』)という分類ができそうだ。『賢い皮膚』は、(ときどき文学の話なども登場するのだが)私の印象としては、後者に含めたい。
はじめの一冊として、(著書それぞれに良さがあるが)、あえて一冊あげるとすれば、『第三の脳』。その理由のひとつは、著者は「開放系の熱力学」(第六章の話題のひとつ)に思い入れを持っていること(熱力学がわからなくても読める)。もうひとつは、要所を太字にしているところが親切で、また、行間があいているので読み進めやすいこと。
人のこころ、生命とは何か、というトピックに興味を持っているのであれば、この著者の本はきっと楽しめる。
- 著 者:
- 傳田光洋
- 出版社:
- 朝日出版社
傳田光洋 profile
1960年、兵庫県神戸市生まれ。資生堂リサーチセンター主幹研究員。国立研究開発法人科学技術振興機構CREST研究員。京都大学工学部工業化学科卒。同大学院工学研究科分子工学専攻修士課程修了。94年、京都大学工学博士号取得。カリフォルニア大学サンフランシスコ校研究員を経て、2009年より現職。