魚は痛みを感じるか?
書籍情報
- 著 者:
- ヴィクトリア・ブレイスウェイト
- 訳 者:
- 高橋洋
- 出版社:
- 紀伊國屋書店
- 出版年:
- 2012年2月
魚の痛み、魚の意識という難問に科学者はどのように取り組むのか。その研究が丁寧に描かれた話題作
魚は痛みを感じるか? 痛みを感じるのなら、それによって魚は苦しんでいるのか? こうした難問に科学者はどのように取り組むのだろうか。その研究が丁寧に描き出されているのが本書の魅力だ。
そもそも、魚が痛みを感じることは奇妙なことだろうか? 著者は「ダーウィン流の思考の道筋をたどってみれば、痛み、あるいはそれに類似する感覚がさまざまな動物のあいだに広く浸透していないことのほうが、じつに奇妙だ」という。「痛みは、さらなるダメージを受けないように休息をとり、負傷箇所を保護しなければならないと教えてくれる。これは自然選択によって有利なものとして選択されたプロセスだ」と。
では、魚の痛みをどのように調査するのか。まず、ヒトが痛みを感じるプロセスを見ていく。これは、二つの段階に大別できる。たとえば、熱いものに触れてしまったとき、私たちは「何も考えずに一瞬のうちに」手を放す。これは「反射反応」で、無意識の段階。そのあとで、ずきずきするやけどの痛みに気づき不快感を感じる。これが意識的な段階。
この無意識の部分は、「侵害受容」と呼ばれる。ヒトの皮膚表面には「侵害受容体」があり、ここが刺激されると、その情報の伝達に特化した神経が活性化する。著者らは、魚(マスを用いた)にも「侵害受容体」があることと、そこに刺激を与えると活性化する神経があることを発見する。
次に、魚の皮膚の侵害受容体を刺激した損傷が、魚の呼吸速度と飢餓レベルを変化させるかどうかを調べる。これらを調査対象にするのは、ヒトも痛みを感じるとこれらが変化するから。しかし、こうした生理的な状態の変化は、「痛みの認知的な気づき」によるものとは限らないという。
著者らは、「高次の認知プロセス」と考えられている「注意」の変化を調べる実験を行う。マスに刺激が与えられている状態と、鎮痛剤が処方されている状態とで、マスの「注意」の変化を観察する。この実験は、未知のものが「脅威でないとわかるまでは強い回避行動を示す」マスの性質を利用している。こうした実験をとおして、魚は痛みを感じると結論する。
では、魚は痛みを感じて、それによって苦しんでいるのか? 魚が「情動の処理に特化した脳領域を備えている」ことや、獲物を捕獲する際のウツボとハタの連携などを解説しながら、魚の意識を考察していく。
魚のあとは、無脊椎動物が痛みを感じるかどうかについて考察する。最後に「魚の福祉」について論じる。
ひとこと
著者は「私は魚を食べるし、それを用いて実験もする」。「本書の目的は、魚の痛みに関する議論の裏づけになる科学的な成果を、一般読者の目の届くところに示すことだ」と述べている。