なぜ宇宙は存在するのかーーはじめての現代宇宙論
書籍情報
- 著 者:
- 野村泰紀
- 出版社:
- 講談社
- 出版年:
- 2022年4月
宇宙論・素粒子論・量子重力理論を専門とする著者が、「本格的な、そして現代的な宇宙論を知ることができるようなもの」を目指して執筆した一冊
「まえがき」には、こう記されている。「……本書では、単に「科学者はこう考えています」ということを超えて、なぜ科学者がそう考えるようになったのか、についてもできる限り論理を明らかにしながら説明するよう心がけました」と。
副題は「はじめての現代宇宙論」だが、すでにある程度宇宙論に興味をもっている読者を想定して書かれている。
大まかな流れは、まず現在の宇宙の姿を説明し、初期宇宙の描像を述べ、最後に、無数の異なる宇宙が存在することを示す「マルチバース理論」を解説していく、というもの。
本書の魅力の一つは、無数の異なる宇宙が存在するという一見してありそうにない描像が、読み終える頃には〝あり得る〟と思えるように書かれているところ。「できる限り論理を明らかにしながら説明する」という執筆姿勢が、そう思わせるのだろう。ただ、そのぶん難易度は上がっている。
また、宇宙論には「用語の混乱」があることを述べて、「ビッグバン」や「インフレーション」など、いくつかの用語の使用に関する解説も加えている。
どのような知見に触れられるか
第1章では、現在の宇宙の姿を説明する。宇宙の一様性と等方性、宇宙の膨張、ダークマター(暗黒物質)、ダークエネルギー(暗黒エネルギー)に関する話題などを取り上げる。
第2章では、宇宙のエネルギー密度の時間変化、宇宙背景放射、宇宙の構造形成、ビッグバン原子核合成などを説明している。
第3章では、超初期の宇宙を知るには「素粒子物理学という強力な道具」を用いることや、それによって示される「宇宙のでき事と温度、粒子の振る舞い」などを説明し、さらに、「超初期の宇宙で起こったであろうダークマターの量の確定、および物質・反物質の量の非対称性の生成のメカニズム」について紹介する。ダークマターについては、その候補である「ウィンプ(WIMP)」と「アクシオン」を取り上げている。とくに「ウィンプ(WIMP)」を詳述しており、この解説は本書の特徴のひとつと言える。
第4章は、「インフレーション理論」にまつわる解説。まず、「宇宙が持つ一様性と平坦性にかかわる特徴的な性質」を見ていく。なぜ、「ほぼ一様な」宇宙になったのか。なぜ、宇宙は極めて「平坦」なのか。このような一様性や平坦性を説明するために導入されたのが、「インフレーション理論」だそうだ。
この章では、「場」とはどのようなものか、「ポテンシャルエネルギー密度」とは何かを説明し、ポテンシャルの例を図示しながら、「スローロールインフレーション」を解説。そのあとで、インフレーション期の量子力学的揺らぎについて述べていく。
こう記している。「……つまり、星、銀河、銀河団など宇宙の構造の全ての元になった宇宙初期の10万分の1の揺らぎは、さらにその元をたどれば、インフレーション中に量子力学の効果で極微の領域に生じたインフラトン場の揺らぎが、宇宙の爆発的膨張によって引き伸ばされたものだと考えられるのです!」。
第5章と第6章は、「マルチバース理論」に関する解説。
第5章の章題は「私たちの住むこの宇宙が、よくできすぎているのはなぜか」で、このテーマで議論がなされる。「ペンローズ図」に関する説明などもある。
第6章は、以下に記す。
マルチバース理論は検証可能
現在の観測によって、宇宙は加速膨張していることが明らかにされた。この加速膨張を引き起こしている未知のエネルギー源は、ダークエネルギーと呼ばれている。その正体は現時点でまだ不明だが、最も有力な候補は「真空のエネルギー」だという。本書ではダークエネルギーは「真空のエネルギー」だと仮定して話を進めている。
真空のエネルギー密度の値は、理論的にどのくらいになるのが自然かを見積もることができるそうで、「その見積もりは、観測された値よりも約120桁も大きい」という。「120倍でなく、120桁です」と、著者はそれが桁違いの大きさであることを強調する。言い換えれば、観測された値は、「理論的に示唆される値よりもはるかに小さい」ということ。これは、非常に不思議なことだった。
もう一つ不思議なことは、「真空のエネルギー密度が物質のエネルギー密度とたった数倍程度しか違わないという事実」だという。
このような不思議について述べて、それを説明する理論として一躍浮上してきた「マルチバース」理論を解説する。
第6章では、まず、真空のエネルギー密度の問題に対して、多くの物理学者たちがどのように考えたか、なぜそう考えたかを述べ、つぎにスティーヴン・ワインバーグが「人間原理」という考えに注目して、この問題に取り組んだことを紹介する。
そして、宇宙が無数にあることを示す根拠を挙げていく。超弦理論の余剰次元について、「宇宙が無数に作られ続ける」永久インフレーションについて説明する。この解説によって、「泡宇宙」とは何かが明らかにされ、私たちの宇宙が無数の泡宇宙の一つにすぎないという壮大な描像が浮かび上がる。さらにペンローズ図を用いて泡宇宙を考察し、話は私たちの宇宙が「始まる前」にまで広がりをみせる。
この一見して信じがたいマルチバース理論は検証可能だという。著者は、こう述べている。「……よくある誤解は、人間はマルチバース理論の予言する別の宇宙に行くことはできないのだから、この理論は検証しようがないというものです。これは、いくつかの点で間違っています。」と。このような指摘をして、「マルチバースの証拠を得る可能性のある観測は色々と考えられて」いることを紹介している。
感想・ひとこと
私たち一般が宇宙論の知識を深められるような、読み応えのある一冊。とくに、「インフレーション理論」と「マルチバース理論」を一般レベルで詳しく知りたい方におすすめ。