遺伝子が語る免疫学夜話ーー自己を攻撃する体はなぜ生まれたか?
書籍情報
- 著 者:
- 橋本求
- 出版社:
- 晶文社
- 出版年:
- 2023年12月
自己免疫疾患やアレルギーがなぜ起きるようになったのか、遺伝学やバイオインフォーマティクスの知識を使って迫っていく
著者は自己免疫疾患を専門とする医師。第Ⅰ部では、各地域で猛威をふるった様々な重篤な感染症が、遺伝子の自然選択に影響を及ぼし、自己免疫疾患の原因となっている可能性について見ていく。第Ⅱ部では、自己免疫疾患の発症について環境の観点から考察する。第Ⅲ部では、自己免疫やアレルギーの起源など、進化の観点から免疫について論じる。
第1部は「現代の病室の女性患者と紀元3万年前の南アジアの少女」のストーリーから始まる
現代の病室では、20代の色白の女性患者が苦しんでいる。その病状がこう描かれている。「もう1週間も39度の熱が続き、頬には蝶のような紅斑が出現。手指にも霜焼けのような紅斑があります。両足はむくんでいて、点状の出血斑が出現しています。……」
紀元3万年前の南アジアの少女は、家族とともに、長い、長い時間を旅してきた。しかし悲劇が襲いかかる。少女の兄は「高熱が続き、眼が黄色くなって、全身がむくんで、最後には頭がおかしくなって」亡くなった。続いて、父母も亡くなった。少女だけはこの病気にかかっても回復し、旅を続けていく。
このような内容の2つのストーリーが見開きで丁寧に描写される。そして、「一見異なるこの2つの世界が時空を超えてつながっている」という。つないでいるのは「遺伝子」だ。
女性患者の病名は、全身性エリテマトーデス(SLE)という自己免疫疾患。紀元3万年前の少女たちを襲ったのは、マラリアという感染症。著者はそれぞれについての説明を加えていく。
SLEとマラリアは、その臨床症状が大変よく似ているそうで、「マラリアに効く薬がSLEにも有効」だという。しかし、よく似た病態を呈するが、その根本原因は全く異なる。著者はつぎのように記している。
「マラリアで起きている現象は、あくまでマラリア原虫による感染症によって起きています。ところが、SLEは自己免疫疾患ですから、どこをどう探しても、その原因となる病原体は体の中に見つからないのです。
(……略……)
……SLEでは、見えない敵を相手に、免疫システムが一人で戦いを繰り広げているように見えるのです。」
SLE患者の体の中にはマラリア原虫は存在しない。だが、SLE患者の体の中では、「祖先がマラリアと戦う中で生き延びるために獲得してきた遺伝子が多数働いており、それがSLEという病気の発症に繋がっている可能性がある」という。それについて論じていく。
進化の観点から免疫について見ていく
第Ⅲ部には4つの章があり、以下のような考察がなされている。
まず、「顎」の出現が何をもたらしたのかを見ていく。「獲得免疫系とは、顎の出現と時期を一にして出現した免疫システム」だという。
つぎに、アレルギーの起源を論じる。アレルギーは寄生虫という「古くからの友」を失ったことによって起きた病かもしれない、という見解を紹介し、しかしそれらの関係を進化の観点から考えると一つわからないことがあると述べてその疑問を呈し、それを説明する別の考え方、「アレルギー反応は「毒」に対応するために発達してきた免疫系である、とする考え方」を見ていく。
さらに、新型コロナ肺炎の重症化とかかわっている「ネアンデルタール人に由来する遺伝子」という話題を切り口に、現生人類ホモ・サピエンスとネアンデルタール人との「邂逅」を語る。
最後に、1万年ほど前に起こった「農耕革命」、すなわち狩猟採集生活から農耕・牧畜による定住生活となる生活様式の変化が、免疫系にどのような影響を与えたのかを論じる。
感想・ひとこと
興味をそそられながら読み進めた。その一番の理由は、進化という壮大な物語が本書のベースに流れているからだと思う。免疫の進化に興味のある方におすすめしたい一冊。
(なお、本書は書名のとおり「夜話」であり、免疫のしくみを一般レベルで知りたい方が手にする本ではない。)