量子革命ーーアインシュタインとボーア、偉大なる頭脳の激突
書籍情報
- 著 者:
- マンジット・クマール
- 訳 者:
- 青木薫
- 出版社:
- 新潮社
- 出版年:
- 2013年3月
- 著 者:
- マンジット・クマール
- 訳 者:
- 青木薫
- 出版社:
- 新潮社
- 出版年:
- 2017年2月
あまたの天才物理学者の素顔と交流を描き出し、「量子革命」の100年の歴史を紡ぎ出した話題作。サイモン・シンに比肩するおもしろさ
二度の世界大戦があった激動の20世紀。この時代、物理学の世界においても量子力学の発見という「革命」が起こった。本書は、あまたの天才物理学者の素顔と交流を、小説のように丹念な人物描写で描き出し、また激動の世界情勢を浮き彫りにし、「量子革命」の100年の歴史を紡ぎ出した話題作。
本書の中心となるのは、「物理学の教皇」アルベルト・アインシュタインと、「量子の王」ニールス・ボーアの「実在の本性」をめぐる知的論争だ。このアインシュタイン=ボーア論争は、「今日なお、多くのすぐれた物理学者と哲学者の心を捉えて放さない」という。
「量子物理学の世界的中心地」であったコペンハーゲンの「ボーア研究所」には、「不確定性原理」で知られるヴェルナー・ハイゼンベルクや、「排他原理」にその名を残すヴォルフガング・パウリなど、錚々たる物理学者たちが訪れ、ボーアとともに研究を行った。彼らが中心となって築いた量子力学の解釈は、後に「コペンハーゲン解釈」と呼ばれる。この解釈は、当時ドグマ化する。
コペンハーゲン解釈によると、「ミクロな対象はなんらかの性質をあらかじめもつわけではない。電子は、その位置を知るためにデザインされた観測や測定が行われるまでは、どこにも存在しない。速度であれ、他のどんな性質であれ、測定されるまでは物理的な属性をもたないのだ。(中略)量子力学は、測定装置とは独立して存在するような物理的実在については何も語らず、測定という行為がなされたときにのみ、その電子は「実在物」になる。つまり、観測されない電子は、存在しない」という。
しかし、アインシュタインや、「シュレーディンガー方程式」で量子力学に多大な貢献をなしたエルヴィン・シュレーディンガーは、コペンハーゲン解釈に異を唱えつづけた。
「ボーアのイメージする実在は、観測されなければ存在しないようなものだった」のに対し、アインシュタインは、「観測者とは無関係な実在があると信じ」ていた。「アインシュタインにとって物理学とは、観測とは独立した存在をありのままに知ろうとすることだった」という。
アインシュタイン=ボーア論争は、1927年の第5回ソルヴェイ会議で始まった。「突っ込んだ論争は生理学研究所の会議室でではなく、ホテルのエレガントなアール・デコ様式のダイニングルームで行われていた」。「アインシュタインは、毎朝、不確定性原理と、この原理とともに称賛されていたコペンハーゲン解釈の無矛盾性に挑む、新たな思考実験で武装して朝食の席に現れた」という。
アインシュタインの思考実験のひとつに「光の箱」の思考実験がある。これは、1930年の第6回ソルヴェイ会議でふたたび両者が相まみえたとき、アインシュタインが「不確定性原理とコペンハーゲン解釈に致命的な一撃を与えるために」用意してきた思考実験だ。
「光の箱」の思考実験を聞いたボーアは、「彼とコペンハーゲン解釈が深い困難に陥ったことを知った」。その時のボーアのショックを「お仕置を受けた犬」のようだと、ボーアと共同研究を始めていたローゼンフェルトは伝えているという。しかしボーアは、一般相対性理論の知見を利用して、「光の箱」の思考実験を退ける。この章には「アインシュタイン、相対性理論を忘れる」という見出しがついている。
「光の箱」の思考実験に対するボーアの反論を、アインシュタインは受け入れたようだ。しかしアインシュタインは、コペンハーゲン解釈を受け入れはしなかった。1935年、「物理的実在に関する量子力学の記述は完全だと考えることができるか?」と題したアインシュタイン=ポドルスキー=ローゼン論文(EPR論文)を発表し、新たな思考実験を突きつける。
EPRの主張が正しいのか、それともボーアの反論が正しいのか。アインシュタインとボーアの死後、ジョン・スチュアート・ベルにより、この問題は検証可能となる。クライマックスである第三部の余韻に浸ると読み流してしまいそうだが、第四部も読み応えがある。
本書の最後には、この本の翻訳者である青木薫による「訳者あとがき」がある。ここで、名翻訳者として信頼されている青木薫が、「量子力学を一般向けに解説することに成功した本」と絶賛している。
ボーアは、アインシュタインの死後も、「論敵がまだ生きているかのように」論争をつづけたという。ボーアにとって、あの「光の箱」の思考実験は、終生その脳裏から離れることはなかったのだろう。第三部の最後まで読み終えたとき、私にとって著者マンジット・クマールの名は、サイモン・シンに比肩する、ポピュラーサイエンスの〝信頼ブランド〟となっていた。
ひとこと
物理学に興味がある方はもちろん、そうではない「伝記」や「小説」や「哲学」が好きな読者もきっと楽しめる。量子力学という言葉だけで敬遠されてしまったらもったいない。難しいところを読み流してでも一読する価値のある傑作。多くの絶賛を浴びた話題作。おすすめ。