タングステンおじさんーー化学と過ごした私の少年時代
書籍情報
- 著 者:
- オリヴァー・サックス
- 訳 者:
- 斉藤隆央
- 出版社:
- 早川書房
- 出版年:
- 2016年7月
化学に魅せられた少年時代を綴った、脳神経科医オリヴァー・サックスの自伝。そのエピソードを通して、さまざまな元素に関する知識および化学史に触れられる
著者サックスには、たくさんの叔父叔母がいた。母方の祖父は、子どもたちの教育とくに科学教育に熱心だったため、叔父叔母たちは自然科学や人間科学に関心をもった。サックスの母親も少女時代に化学に魅せられた。
母親はサックスにさまざまなことを教えた。母親に言われて、ダイヤモンドを唇に当ててみると「不思議なことに、びっくりするほど冷たかった」。母親は、「それは熱をとてもよくーーどんな金属よりもーー通すからだ」と説明した。
サックスは両親を質問攻めにした。母親はたいてい辛抱強く説明しようとしたが、辛抱しきれなくなると、「お母さんに話せることはこれだけよ。あとはデイヴおじさんに訊きなさい」と言った。
デイヴおじさんは、「タングステンおじさん」と呼ばれていた。「細いタングステンの線をフィラメントにして電球を作っていたからだ」。タングスタライトという会社を経営しており、工場に来るサックスに「小さな実験をして」金属のことを教えた。
他にも、サックスを「分光学に目覚めさせた」エイブおじさんや、「植物や数学についていろいろ面白いことを教えてくれ」たレンおばさんがいた。
両親と兄たちは、「台所の化学実験へいざなってくれた」。その後サックスは、「家に自分専用の小さな実験室を設け」、さまざまな実験を行った。
本書では、医者である父母、歳の離れた兄たち、化学や物理、植物に詳しい叔父叔母たちとの交流を中心に、化学に魅せられた少年時代を丹念に綴っている。化学にまつわるエピソードのみならず、疎開先での恐怖体験、信仰についてなど多彩なエピソードが織り込まれている。
白熱光やルミネセンス(冷光)の歴史を紹介
デイヴおじさん(タングステンおじさん)は「白熱光の歴史」に、エイブおじさんは「ルミネセンス(冷光)の歴史」にサックスをいざなったという。それぞれの歴史を、叔父とのエピソードを交えながら紹介している。
化学史を、自身のエピソードを織り交ぜながら語る
ロバート・ボイルからはじめ、アントワーヌ・ラヴォアジエ、ハンフリー・デイヴィー、ジョン・ドルトン、メンデレーエフ、キュリー夫妻など、さまざまな科学者の研究成果やエピソードを紹介している。
ユニークなのは、サックスの少年時代のエピソードを織り交ぜながら化学史を語っているところ。例えば、「メンデレーエフの予言」についての話を紹介したところでは、「周期表を使って、自分でも予言に挑戦した」ことを綴っている。
感想・ひとこと
サックス少年の化学への情熱が圧倒的であるぶん、その熱が冷めていくラストの喪失感が印象に残った。今までのクリニカル・エッセイとは内容は異なるが、人物描写の巧みさは変わらない。
自伝(少年時代)と化学史が絶妙にミックスされているところが私にとっての本書の面白さだったが、それによって本が分厚くなっているので、このあたりの好みは分かれるかも。
NDC分類は「289.3」(個人伝記)だが、当サイトでは「化学」に分類した。