素粒子物理学、とくに加速器を用いた実験に興味がある方におすすめの本
- 著 者:
- 多田将
- 出版社:
- イースト・プレス
最前線で活躍している科学者が、高校生に講義する。この形式の本は、おもしろい。その魅力は、生徒たちの質問によって、話に広がりが見られることだ。著者・多田将は、中央大学杉並高等学校で4回の授業を行った。
加速器については、こんなふうに話し始めた。
「皆さん「加速器」って聞いたことありますか? ……略……。加速器って日本に何台くらいあると思いますか? どれくらいあると思う?」
生徒が答える。「3台くらい?」
「少ないと思うでしょ? 実は、僕も調べてびっくりしたんですけど、1476台あります。……略……。でも皆さん、見たことないですよね? 実は目にしているんですよ。気づいていないだけで」と著者。
そして、そのほとんどが「医療用機械、いわゆる放射線治療機」であることを伝える。「粒子を加速させてビームにして、がん細胞に当てて焼き殺しているんです」
また、こんな話もする。「ビームではなく中性子を使ってがん細胞を殺すやり方もあります。中性子が何かというのは、あとで詳しくお話しします」
そして、「研究機関の加速器」の話へ。
後の章で、上記にまつわる質問が登場する。「HIMAC[ハイマック]についてもっと詳しく知りたいです。シンクロトロンには陽子や電子以外の種類があるのでしょうか?」
著者は、つぎのように話し始める。
「HIMACというのは日本で一番大きな医療用加速器です。ビームによってがん細胞を破壊するわけですが、ここでは陽子でも電子でもなく、炭素イオンを使ってます。」「まず知っておいてもらいたいのはですね、飛ばすビームの種類によって――つまり重い粒子を飛ばすか、軽い粒子を飛ばすかによって、対象の壊れ方は違ってくるんです」。そして、HIMACがなぜ「重い粒子」を使うかを述べていく。
「がん細胞を中性子を使って壊す方法を知りたいです」という生徒からの質問も登場。
著者は図を見せて、「こういう感じです(図30)。けっこう大胆でしょ? ……略……」と、こちらも丁寧に解説。
また、「加速器の性能」の話では、つぎのような感じで話が広がっている。
まず、こんな解説がある。「……略……。実は、加速器の性能は、「エネルギー」だけではないんです。もうひとつありまして、それが「個数」なんです。先ほど粒子を壁にぶつけて壊すという話をしましたが、1秒間に何個壊すことができますか、ということです」。「この「エネルギー」と「個数」を掛け合わせたものが、加速器のパワーになります。……略……。J–PARCは、1メガワット(MW)のパワーを出せます。1メガワットの加速器は、他にまだありません。世界最強。つまり、壊せる個数がめちゃくちゃ多いんですね」
そして、こう続ける。「1メガワットって言われても皆さんピンとこないかもしれません。たとえばですね、ガンダムが持ってるビームライフルの出力が、1.875メガワットだそうです(笑)。遂にSFの世界に追いつこうとしてるんですね。」「ちなみにガンダムのビームライフルと加速器は同じものです。まったく同じ。……略……」。でも、大きさは違う。「あれはロボットが手に持てる程度の大きさですけど、こっちは長さが何キロもありますから」
後の章で、生徒からのこんな質問が。「『ガンダム』のビームサーベルや『スターウォーズ』のライトセイバーを作ることは可能ですか? 可能ならば、どういう原理ですか?」
この回答は、「それぞれが名前どおりの仕組みだったとしましょう。つまり、ビームサーベルはビームを飛ばしていて、ライトセイバーはライト(光)、すなわちレーザーを飛ばしているものだとしましょう。ビームとレーザーって違うものだって知ってますか?……略……」と、その違いの説明から始める。
そして回答は、こんな感じ。「ウィキペディアを見たら、ガンダムのビームサーベルは、アイフィールドという磁場を使ってビームを閉じ込めてる、って書いてありましたが、それだと磁石で周りを覆わないといけない。でも覆っちゃうとこれ、切れないですよね。……略……」。ここで話は終わらない。
「ビームサーベル」「ライトセイバー」という名前にこだわらないのであれば、「実はこんなものがあるんですね」という。そして写真付きで、「プラズマトーチ」というものを紹介する。
生徒たちの質問は、他にもある。
たとえば、「電子が急カーブで放射光を出すのはなぜですか?」という質問。
「……略……、これは結論を言っちゃうとですね、ふつうに電磁気学の数式をガーッと解けば答えが出てきます。でも「数式を解くだけ」って言うのは、この授業の目的ではないので、イメージで捉えましょう」と述べて、著者は解説を始める。
また、著者が「今回ちょっと難しい話になりますので省きます」と述べたことを、生徒が質問する。「ニュートリノ振動」に関する質問。これも、やさしく噛み砕いて説明している。
こんな質問もある。「和歌山カレー毒物事件でカレーにヒ素が入っていることをつきとめたSPring–8という加速器は、どうやってカレーを調べたんですか? ……略……」
ほかにも、さまざまな質問が登場する。生徒たちの質問によって、話が広がっていく。それが、この本の魅力だ。本書をとおして、私たちも素晴らしい授業を体験できる。
私は単行本を読んでレビューを書いた。文庫版は中央公論新社より出版されている。